『突破口!』


<解説>
 ドン・シーゲルが大ヒット作「ダーティー・ハリー」の次の作品として、ビリー・ワイルダーのコメディなどで知られるウォルター・マッソーを主役に起用したアクション映画。興業的には振るわなかったが、マフィアから追われる男が頭脳を駆使してマフィアをだまし、その追跡を逃れるまでを地味ながらスリリングなタッチで描いた佳作。

 ジョン・リースの小説「略奪者たち」を原作にハワード・ロッドマンが脚本を書いたが、スタジオはこれを気に入らず、ディーン・リースナーが書いた第二稿が決定稿となった。シーゲルははじめ「一匹狼たちの最後」というタイトルを考えていたが、スタジオの大物ルー・ワッサーマンによって「チャーリー・ヴァリック」(原題)に変えられてしまった。

 シーゲルは時代の流れに従って滅びゆく人種(組織に属さず、自分の能力だけで生き抜こうとする一匹狼)を描こうとしており、そのアイデアは当初のタイトルにも表れている。チャーリーは妻や親しい仲間たちとで田舎の銀行を襲ってつつましく現金を奪う、小規模な強盗団のリーダーである。以前は個人経営で農薬の散布やプロペラ機の曲芸乗りなどをしていたが、廃業して強盗に転じたのだ。ある時、襲撃した銀行からそれと知らずに「組織」の金を強奪してしまったため、彼らから命を狙われるはめに陥る。彼は頭脳を駆使して組織の追跡を逃れ、現金を手にまんまと逃亡する。しかし妻や仲間はみな警察や組織に殺され、自らも組織の目を逃れるために死んだ偽装を行って去っていく。おそらく彼が以前のように自分たちだけで銀行強盗を行うことはもう二度とないであろう。プロである一匹狼の活躍と彼らの表舞台からの退場という、シーゲル作品にたびたび現れるモチーフである。シーゲルは後の「ラスト・シューティスト」で、癌に冒されたガンマンの最後の活躍を実生活でも癌だったジョン・ウェインを主人公に描き、同様のテーマを扱っている。

 主人公チャーリーがマフィアの追跡から逃れるためにうった方法は、実に手がこんでいる。まず歯医者で相棒のカルテを自分のカルテのファイルに差し替えてしまう。こうすれば、相棒の死体が見つかっても自分の死体だと確認されるだろう。この時点ですでにチャーリーは相棒のハーマンを見限っていた訳だ。そして敵をおびき寄せるために、必要もない旅券の偽造を依頼している。さらにヒットマンが一緒に来るのを承知で組織の一員である銀行の頭取を呼び出し、ヒットマンに頭取が裏切り者だと思わせて殺させる。そのヒットマンはトランクに仕掛けた爆弾で始末する、といった具合だ。チャーリーが廃車置き場から頭取に電話をかけるシーンで、チャーリーが腕時計と指輪をはめていないことに気づいた人はいるだろうか。この伏線は、最後の方で生きてくる。画面にはほんの一瞬しか映されないが、ハーマンの死体にはチャーリーの腕時計と指輪がはめられているのだ。シーゲルは実に細かい職人技を見せてくれている。

 映画に登場する主要な人物は大きく3つの類型に分けることができる。1つ目は「プロ」で、チャーリーや殺し屋のモリーがそうだ。彼らは優れた能力をもち、しかも増長することなく慎重で甘い誘惑には禁欲的である。チャーリーは奪った金額のとてつもなさにむしろ不機嫌になるし、追跡者モリーは組織から斡旋された売春宿で娼婦には目もくれずに休む。ただし大仕事の前には彼らも女と寝る(ゴルゴ13のように)。チャーリーは銀行家ボイルを呼び出した後でその秘書と、モリーはチャーリーたちの居所をつきとめた後で偽造屋の女とは寝る。2つ目と3つ目は「抑圧者」「被抑圧者」もいうべき存在だ。抑圧者は、銀行家ボイルやその背後の組織で、モリーも組織の手先という意味では抑圧者としての性格をもつ。彼らは抑圧される者を徹底的にふみつけ、利用し、あっさりと紙くずのように切り捨てる。ボイルは彼の銀行が組織から預かった大金が奪われ、組織の疑惑が彼にむくのを防ぐために仲間のヤングを罠にかける。ヤングは被抑圧者である。彼は襲撃された銀行の支店長で、おとなしく実直な凡庸を絵に描いたような田舎の銀行家だ。おそらく組織との関わりもボイルに言いくるめられて始まったのだろう。そのヤングにボイルは、このままだと組織に疑われて殺されるからと国外逃亡をすすめ、前途を悲観したヤングは自殺するのである。これでボイルは組織の疑惑の目を死んだヤングに向けさせ、自らは助かることができるのだ。一方チャーリーにはめられモリーに拷問の末に殺されてしまうハーマンもヤング同様に被抑圧者だ。ハーマンは決してチャーリーを裏切ったわけではない。ただチャーリーと馬が合わなかったのと、その向こう見ずな性格からこのまま生かしておいてはいずれ組織にばれて自分の利益にならないとチャーリーが判断したからにすぎない。にも関わらず、仲間だと信じきったチャーリーにあっけなく裏切られ、大金を手にしたのも束の間にハーマンは殺されてしまう。これらの人物造型からはこういうシーゲルの主張が聞こえてくるようだ。われわれは、「被抑圧者」にならないように、「プロ」のようにうまく切り抜けねばならない。さもないと「抑圧者」の魔の手の餌食となってしまうだろう、と。


<一口メモ>
・ シーゲルの自伝によれば、ウォルター・マッソーはこの映画にあまり乗り気ではなかったと言う。シナリオがよく理解できないと文句を言い、その粗探しや突拍子もないアイデアを延々とカセットテープに吹き込み、シーゲルに送ってきたという。また撮影中も映画のことを好きになれないと言ったりして、熱心さがみられなかった。さらにマッソーはシーゲルと賭けを行い、この作品が彼の前の出演作ほどにはヒットしない方に1200ドル賭けたという。(しかもマッソーはこの賭けに勝ってしまった。)案の定というか、映画はあまりヒットしなかったが、しかしマッソーの演技は称賛され、英国アカデミーの最優秀男優賞を授賞した。

・ 冒頭のタイトル・シークエンスにはシーゲルとマッソーの子供たちが出演している。ロバに鞍をかけようとしててこずっている少年は、当時12才のマッソーの息子チャールズである。(なんとこの役でクレジットにも名前が出る。)またスプリンクラーの中をかけていく女の子はシーゲルの末娘キット、芝刈機を動かす女の子は当時13才の長女アン(13才には見えないが)、町を歩く女の子に口笛を吹く青年に長男のノエル、広場でフットボールをして遊ぶ少年たちの中に6才の息子ジャックが出ているなど、シーゲルの家族が多数出演している。

・ シーゲル自身も、ワンシーンにちらりと出演している。殺し屋モリーが組織の連絡役の中国人“正直屋”ジョンに会うシーンで、中華レストラン地下の秘密の賭博場でジョンに賭け卓球で負ける男だ。シーゲル扮する中年男はジョンに「ハンデが少なすぎる」とぶつぶつ文句を言いながら悔しそうに金を払って出て行く。この役でシーゲルは、冒頭のタイトル・シークエンスにちゃっかり「ドナルド・シーゲル」として出演者にクレジットされている。

・ 強盗のシークエンス。チャーリーたちの車は逃走中に保安官の車と衝突して前のボンネットが開いてしまい、前が見えないままに車を走らせる。このシーンではボンネットは衝突で吹き飛ぶはずだったが、うまく吹き飛ばずにドライバーの視角を遮るように垂直に立ってしまった。シーゲルはこのシーンを撮り直さずにそのまま映画に使い、車が別の警察の車にぶつかったところでボンネットがはずれるように撮影を変更した。

・ ウォルター・マッソーとベッドシーンを演じたシビル役のフェリシア・ファーは、「おかしな二人」をはじめ数々の作品でマッソーと共演し、名コンビであるジャック・レモンの妻である。


ボイル(ジョン・ヴァーノン)は自分が助かるために、ヤング(ウッドロー・パーフレイ)に国外逃亡を勧める

あらすじ 解説/一口メモ スタッフ/キャスト


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98年10月1日作成