ミニエッセイ [戦争と平和]

Written by 中原 憬
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戦争と平和に関するとりとめのない日々の短い雑感です。

2004.02.28 更新


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アメリカの戦争に関して、あまりに考えることがありすぎて更新が止まっています・・・

No.11 復讐と戦争

アメリカが戦争という名の報復準備を進めているという。
怒りと憎しみのこぶしを相手に打ち下ろそうという訳だ。

復讐は、是か非か。

犯罪やテロなどの悪意ある行為で愛する人を奪われたとき、
多くの場合、遺族の感情は負のエネルギーへと反転する。
すなわち、悲しみは怒りとなり、嘆きは恨みとなり、愛情は憎しみとなる。

今回はテロ行為は、非道で残虐だ。多くの尊い人命が失われた。
このようなことがあってはならないし、人々はあるべき正義を求めている。
テロ行為の実行犯と支援者には、正当な報いを受けさせなければならない。
もし、それができなければ、多くのテロ行為が続くことだろう。

問題を解決するには、過不足なく正義を貫くことが必要だ。
理性を持って対象を峻別し、使う力をコントロールすることが必要だ。

行動に於いては、一般市民を巻き込まぬよう、テロ行為の実行犯と
支援者にターゲットを絞った慎重な作戦が求められるだろう。
できることなら、身柄を確保して国際的な裁判にかけてほしい。

復讐を果たすためではなく、人々の負の感情のエネルギー、
つまり人々の怒り、恨み、憎しみを法的な精神に法って
収束させることを目的としなければいけない。
もともとの原因であり、最初の悪である負の感情のエネルギーから
清算しようとするならば、裁判という過程が大切だろう。
そのことで「くい違い」を最初から見直す機会が得られるのだから。

もし、アメリカが復讐心を満たすために国家を相手とし、
大規模に軍事行動を起こせば、関わりのない人命が奪われ、
広くイスラム圏で復讐心を広げる可能性がある。
新たな、怒り、恨み、憎しみの感情が広がる。
そうなれば、報復テロは免れられない。流血の連鎖は続く。

アメリカは、超大国としての規範を全世界から求められている。
慎重な行動をとってほしい。

愛する人を亡くして、涙する人を新たにつくらないでほしい。


No.10 自己犠牲と戦争

同時多発テロのあったN.Y.で献血の行列ができているという。
ビルが崩壊するという殺伐な現場の中で、心の温まる話だ。
自己を犠牲にして他者を助けようとする尊い精神。

しかし、戦争は常に自己犠牲の精神で維持される。
自己犠牲の行為が人を高揚させ酔わせるのだ。戦争の推進者は
必ず、人々の自己犠牲の精神を利用して戦意を高揚させる。

ビルに航空機で突入した犯人達も、自分の命を犠牲にしてまで
このテロを遂行した。彼等にとって、その行為はこれ以上ない
ほどの強い使命感と陶酔をもたらす行為だったに違いない。
自己犠牲の精神は、これほどまでに理性を狂わす。

ヒトという種にとって、自己犠牲の精神ほど、戦争の原因に
なっているものはない。自己犠牲の強い陶酔が、自ら喜んで
ヒトを戦いの中に飛び込ませて行ってしまうのだ。


No.9 戦争の始まりと戦争の終わり

20世紀、日本軍による真珠湾の攻撃があった。
アメリカ国民はこの不意打ちに激昂し、戦争に参戦した。

日本の首都には空襲による爆弾の雨が降るようになり、
やがて広島、長崎に原爆が投下され、戦争は終わった。

21世紀、テロリストによるNY、ワシントンへの攻撃があった。
この「戦争」はどのように終わるのだろうか?


No.8 反核おばさん

アメリカのホワイトハウスの正面の公園に、一見ホームレスと
身間違えるような女性が生活しているという。

しかし、その女性は、明確な意志と目的をもってそこにいる。
彼女は、核兵器廃絶をホワイトハウスに訴えているのだ。

広島・長崎の写真を貼った立て看板をつくり、24時間
そこで身を呈して人々に核兵器廃絶を訴え続けている。
−−−1981年から、20年近くその活動を続けてきたという。

彼女の名前は、ビシオットさんといい、今は50代だ。
アメリカの軍拡を憂慮し、ロビー活動を行ったが限界を感じ、
家財道具一切を売り払ってこのような生活に身を投じたという。

過去には、ホワイトハウスからの嫌がらせも受けたという。
それでも、人々に署名を求め、パンフレットを渡して、
反核をずっと訴え続けてきた。

その行動には頭が下がる。核兵器廃絶に対する真剣な思いに
胸打たれるものがある。人はかくあるべきという姿を貫いている。
感銘を受けるとともに、考えさせられる話だ。


No.7 放送局と戦争

韓国に旅行して驚いたのは、安ホテルに泊まった際、
日本のあるTVチャンネルがそのまま見れたことだ。
どうりで日本語があちこちで通じる訳だ。
日本文化は韓国政府によって原則禁止されているが、
実態はかなりオープンらしい。

先日、ユーゴのTV放送局がNATOによって空爆されたが、
プロパガンダを流す放送局は今後、あらゆる戦争で
常に重要な攻撃目標となるものだろう。
マスコミをコントロールする情報戦が戦いの大きな要因となってきている。

もし、北朝鮮が韓国に進軍し領土を拡大すれば、日本の放送局も
安泰ではいられないかも知れない。

独裁政権にとって、国境を越えて流れてくる放送という
ものは最も危険視しなければいけない存在であるから。

そのときは、対岸の火事とは行かないかも。


No.6 もしかしたら、もしかする

以前いた会社で私がSEをしていた頃、そこではいろいろな会社のプロジェクトを
請け負っていた。そのため何ヶ月か取引先の会社に通うことがよくあった。
松下電気にいたこともあるし、富士通にいたこともある。
実は、入社して最初に参加したプロジェクトは、防衛庁の背任事件で有名になった
某通信機器会社での仕事だった。

当時は、防衛庁の装備品も作っている会社だとは知らなかったな。
何に使う機械だろうとは思っていたが、もしかしたら、もしかする。

知らないうちに、装備品を作っていたのかなあ。
いえ、自衛隊に反対か賛成かと聞かれると、即答できないのだけど。

待てよ、いまいる会社(派遣先)で戦車を作っていたかも・・・・!?


No.5 核兵器の時代

遥かな未来に、恒久的な世界平和が実現できたとする。
きっと、その時代の歴史家は、いまの時代をこう訝しむ(いぶかしむ)ことだろう。

「この時代の人達は、明日にも核ミサイルによる全面的な核戦争と人類の絶滅が起こる
かも知れない不安に世界に生きていて、一体どのような気持ちだったのだろう?」

−−−−どのような気持ちですか?


No.4 人間の矛盾

なかなか出ない袋小路に入り込んでしまった問題があった。
インド、パキスタンの核所有の問題である。
日本はアメリカの核の傘に守られている。実際、アメリカの内政が乱れれば、
日本はすぐに侵略されるだろう。核の傘に守られている日本が、インド、パキスタンの
核所有に反対、というのは偽善的だという発言も、反論が難しい。
インドかパキスタンの子供がこう発言していた。日本も核を持っていれば、
原爆を落とされなかったでしょう?−−−−たしかにその通りだろう。
いまの日本は、核に反対と口で言っていても、
実際は核武装しているのと同じで行動が伴っていない。

核がすべて無くなるのが理想的な回答だが、それはすべての人間が善人だと信じて
NYの夜道を女性が独りで歩くようなものであって、現実的ではない。残念なことに。

世の中には解決の難しい問題が多い。それらは、きっと人間存在そのものからくる矛盾に
根差しているのだと思う。善と悪、博愛精神と弱肉強食、愛と憎しみ、聖と俗。
ああ、矛盾、矛盾。


No.3 喉元過ぎれば

ワールドカップ予選決勝の前は、「フランスに行こう!」の大合唱があったが、
少し前のシラク大統領のフランスの核実験のときには、フランス製品不買運動が
あれだけ盛り上がったのに、と思いませんでした?


No.2 攻撃目標としての原子力発電所

原発には基本的に反対。なぜか。有事の際に格好の攻撃目標になるから。
原発を破壊すれば、核をもっていなくても相手国を壊滅できる。

たとえば、新潟の原発が潜入した工作員によって爆破されれば、首都圏停電による
大パニックが起き、もともとリスク管理能力の低い日本の政治は大混乱に陥る。
自衛隊の戦力は、指揮系統が乱れ、機能しないだろう。

パニックから回復できても、その後に、米の生産の壊滅的な打撃と、日本海
近海の汚染による漁獲量の激減が長期の食料危機を招く。

いったん侵略されてしまえば、多数の死者が出るのだから、そのような
事態を招かないように十分な注意を払わないといけないと思う。

このような理由で原発には基本的に反対。電力確保が問題だけど。


No.1 劣化ウラン弾

劣化ウラン弾の武器としての特長は、その並外れた硬度にあるという。太古の昔から、
人間はより固いものを手にした者が争いに勝つという原則は変わらないらしい。




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