●梶尾真治『ちほう・の・じだい』(ハヤカワ文庫JA)解説

   解 説


                                 大 森 望

 梶尾真治――この名前は思春期の甘酸っぱい記憶を刺激する。
 って、不惑近い(いや、そんなに近くはないっす)妻帯者が甘酸っぱいもクソもないが、たしか今年五十歳になるはずの梶尾さん自身、永遠のSF少年%Iな雰囲気をいまだに漂わせてるんだからしかたない(これはJA文庫の著者近影が十年以上変わってないせいもあるかもしれない)。
 デビュー作の「美亜へ贈る真珠」(71年)から、「おもいでエマノン」(79年)、「百光年ハネムーン」(80年)、「時尼に関する覚え書」(90年)、さらには最近作の『スカーレット・スターの耀奈』『クロノス・ジョウンターの伝説』まで、タイトルを並べるだけで切なさがこみあげてくる。ほとんどセンチメンタル首ったけ状態なのである。

 もっとも、抒情的短篇SFの名手であることはまちがいないにしろ、梶尾真治はその言葉だけで形容できる作家ではない。SF大賞を受賞したモダンスペースオペラの傑作『サラマンダー殲滅』や、昨年のエンターテインメント界の話題をさらった大作モダンホラー『OKAGE』(ちなみに大森は数少ない『OKAGE』排撃派ですが、これは「SFじゃなかったこと」に八つあたりしていただけだから、ほとんどおれの魂だけの問題。いや、OKAGEを本格SF視する人とは断固闘うけどさ)の読者にとって、梶尾真治はたぶん、波瀾万丈の物語をぐいぐい読ませるきわめて男性的なエンターテイナーと映っているかもしれない。
 じっさい、かつては寡作な短篇作家だった梶尾真治が、最近は長篇型に移行し、九〇年以降、矢継ぎ早に長編群を発表していることは、巻末に添えた作品リストを見れば一目瞭然だろう。

 というわけで、本書『ちほう・の・じだい』は、『泣き婆伝説』以来、(ベストアルバムの『百光年ハネムーン』をべつにして)著者四年半ぶりの短篇集である。
 ここに収められた十一の短篇を読むだけでも、梶尾真治という作家の守備範囲の広さは明らかだろう。ホラーあり、ギャグあり、抒情あり、下ネタあり、奇想あり、パロディあり――ほとんど短篇SFのショーケースという趣きがある。そこに共通するものがあるとすれば、ある種の懐かしさだろうか。
 記念すべき第一短篇集『地球はプレイン・ヨーグルト』の解説で、星新一は、
「文章にくせがなく、品のある作品世界が形成されている。すんなりと伝わってくるなつかしさのようなものを、私は感じた。それはつまり、同じような順序をふんでSF作法を身につけた同士だからであろう」
 と書いているけれど、それから二十年近くたった今も、梶尾SFのテイストは変わっていない。アメリカSF黄金時代の(ロバート・シェクリイやフレドリック・ブラウンに代表される)アイデア・ストーリーを消化吸収し、そこにしっとりした情感を加えて、日本独自の短篇SFスタイルが完成したのはたぶん一九七〇年前後だろう。その時期にSFを書きはじめた梶尾真治は、熱心なSFファンとして翻訳SFと日本SFを読んできた歴史を背景に、いまも国産短篇SFのスタンダードをしっかりと守りつづけている。
 たとえば、本書表題作の「ちほう・の・じだい」は、小松左京の「模型の時代」やかんべむさしの「追い越された時代」をなど、異形の未来≠描く「××時代」物のバリエーションとして読むことができる。地方の時代≠ノひっかけた地口のタイトルでネタを割りながら、崩壊してゆく社会を個人の視点から詩情をこめて描き、読者をひきこんでゆくうまさは、熟練のベテランならではのテクニック。読後に余韻を残すこの結末には、最良の日本SFの記憶が封じ込められている。
 とはいえ、梶尾真治は、古き良き日本SF≠フ伝統を守りつづける職人作家ではもちろんない。本書の収録作を例にとっても、「ブンガク・クエスト」ではスーパー・ファミコンのRPGソフト、「絶唱の瞬間」ではカラオケボックス、「木曜日の放課後戦士」ではガシャポンのロボットフィギュアというふうに、現代風俗に取材した作品が少なくない。この種の小説の場合、ネタとして面白そうだからというだけで紙の資料を頼りに書くと、できあがった作品が馬脚をあらわす結果になりかねないが、RPGやガシャポンについて語る梶尾真治の語り口には危なげがなく、対象を楽しんでいる気配が行間から伝わってくる。それでいて、題材に過度にひきずられることなく、あくまで梶尾SFの雰囲気が保たれているのだから、これはもう名人芸の域に達している。
 ……と、なくもがなの収録作品紹介っぽくなってきたところで、解説から先に読んでしまう読者のために、残りの短篇にも簡単に触れておこう。
「時の果の色彩」は、著者十八番のタイムトラベル・ラブロマンス。デビュー作から『クロノス・ジョウンターの伝説』まで、作家活動の節目節目でピリオド・ピースとなる時間SFの秀作を発表してきた梶尾真治の最新タイムトラベル短篇らしく、ユニークな時間理論とひねりにひねったシチュエーションで年季の入ったSF読者もうならせる逸品。
 こうした抒情的SFロマンスとは正反対に位置する突拍子もない設定のスラップスティック・コメディも、梶尾真治が昔から得意とする分野。その代表格が第一短篇集の表題作に選ばれた「地球はプレイン・ヨーグルト」なのだが、「M・W・L(仮)へようこそ」は、十五年ぶりに書かれた続編にあたる。客の求めに応じてどんな料理でもつくってしまう天才料理人、ミスター・フモトこと麓氏の遭遇したもうひとつのとんでもない事件が描かれる。
 この手の人を食った(いや、「M・W・L」の場合には、人どころかもっととんでもないもを食ってしまうんだけど)コメディの背景には、SFファン用語でファニッシュ≠ニ呼ばれるメンタリティがうかがえる。お遊びを好むファン気質というか、たとえて言えば、GAINAXの前身にあたるDAICONフィルムが製作した自主映画「愛国戦隊大日本」的な感覚ですね。それが端的に現われているのが、同郷のSF作家・田中芳樹の『七都市物語』のパスティーシュ、「アンナプルナ平原壊滅戦」。『田中芳樹読本』用に書かれた作品だけあって、ファンジン(SF同人誌)に載るファン創作のような楽しさがあふれ、梶尾真治の生涯SF少年≠ヤりに触れることができる――などともっともらしいことを書くのもばかばかしくなるようなバカ話ですが、冒頭の文体模写ぶりはさすがに筋金入り。
 それにつづく「怒りの搾麺」は、たぶん横田順彌の古典的名作「おたまじゃくしの反乱」に捧げたオマージュだろうが、あまりと言えばあんまりなこのオチには爆笑。もっとも女性読者にはこの恐怖(笑)は実感できないかもしれない。
 こういう本歌取りの精神は、梶尾作品の多くに見ることができる。ロマンスSF系列のベスト短篇集『百光年ハネムーン』のあとがきでは、ダニエル・キイスの「アルジャーノンに花束を」から、太宰治の「走れメロス」、武者小路実篤の「友情」など、インスパイアされた元ネタを明かしているけれど、そうしたルーツにあれこれ想像をめぐらすのも梶尾SFを読む醍醐味のひとつ。もっとも、カート・ヴォネガットの『タイタンの妖女』に出てくる異星の名前を引用しつつ、オリジナルとはまったく違った作品世界を築き上げた「トラフファマドールを遠く離れて」のような作品もあるから油断はできない。
 以下、『スティーヴ・マックイーンの絶対の危機』を冷蔵庫の中で再現してしまう異常シチュエーション・コメディ「金色のひさご」、「雪だるま効果」(キャサリーン・マクリーン)以来のエスカレーション型SFの伝統を継ぐワンアイデア・ストーリー「偶然養殖業」を加えて、全十一篇。筋金入りのSFファンも、初めてSFを読む人も、どこからどう読もうときっちり楽しめる。このもてなしのよさこそ、国産短篇SFのよき伝統だろう。日本SFの王道を悠然と歩く好短編集である。

【梶尾真治既刊単行本リスト】

1 地球はプレイン・ヨーグルト 79・5 ハヤカワ文庫JA114
2 時空祝祭日 81・3 早川書房→83・7 ハヤカワ文庫JA174(「おもいでエマノン」を割愛)*短篇集
3 おもいでエマノン 83・5 徳間書店→87・12 徳間文庫 *連作短篇集
4 綺型虚空館 84・7 早川書房→宇宙船〈仰天〉号の冒険 86・8 ハヤカワ文庫JA226 *短篇集
5 躁宇宙・箱宇宙 85・4 徳間文庫 *短篇集
6 占星王をぶっとばせ! 85・6 みき書房→87・4 新潮文庫 *〈ヌークリアス・ファミリイ〉シリーズ#1
7 未踏惑星キー・ラーゴ 86・10 新潮文庫→92・1 ハヤカワ文庫JA367
8 ゑゐり庵綺譚 86・11 徳間書店→92・2 徳間文庫 *連作短篇集
9 占星王はくじけない! 87・12 新潮文庫 *〈ヌークリアス・ファミリイ〉シリーズ#2
10 チョコレート・パフェ浄土 88・12 ハヤカワ文庫JA282 *短篇集
11 ギャル・ファイターの冒険 89・6 小峰書店 *〈プチえほん〉
12 有機戦士バイオム 89・10 ハヤカワ文庫JA305 *ショートショート集
13 ヤミナベ・ポリスのミイラ男 90・2 早川書房
14 サラマンダー殱滅 90・10 朝日ソノラマ→92・2 ソノラマノベルス→94・7 ソノラマ文庫
15 恐竜ラウレンティスの幻視 91・8 ハヤカワ文庫JA358
16 さすらいエマノン 92・1 徳間書店 *連作短篇集
17 泣き婆伝説 93・1 ハヤカワ文庫JA386 *短篇集
18 ドグマ・マ=グロ 93・3 ソノラマノベルス
19 笑うバルセロナ 93・3 文春文庫 *〈ヤング・インディ・ジョーンズ〉シリーズのノベライゼーション
20 ジェノサイダー 94・5 ソノラマ文庫
21 スカーレット・スターの耀奈 94・11 アスペクト
22 クロノス・ジョウンターの伝説 94・12 朝日ソノラマ
23 百光年ハネムーン 95・4 出版芸術社 *ベスト短篇集
24 OKAGE 96・ 早川書房
25 ちほう・の・じだい 97・9 ハヤカワ文庫JA