【ムヅかしい本を読むとねムくなる 青雲立志編】第7回〜第13回
 掲載誌:月刊アニメージュ(徳間書店)97年9月号〜98年3月号

【書評作品リスト】(掲載順)
●西澤保彦『複製症候群』講談社ノベルス
●清涼院流水『19ボックス』講談社ノベルス
●ロバート・ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』(内田昌之訳)ハヤカワ文庫
●森岡浩之『メタルダム 機械どもの荒野』(ソノラマ文庫)
●ロバート・アスプリン『お師匠さまは魔物!』(ハヤカワ文庫SF)
●三谷幸喜『気まずい二人』(角川書店)
●しんかいちさとみ『ヒ・ミ・ツの処女探偵日記』(フランス書院ナポレオン文庫)
●我孫子武丸『ディプロトドンティア・マクロプス』(講談社ノベルス)
●今野敏『慎治』(双葉社)
●イアン・マクドナルド『火星夜想曲』(古沢嘉通訳/ハヤカワ文庫SF)
●ウィリアム・ギブスン『あいどる』(浅倉久志訳/角川書店)
●谷甲州『星は、昴』(ハヤカワ文庫JA)
●森博嗣『幻惑の死と使途』(講談社ノベルス)
●黒沢清『CURE』(徳間文庫)
●『幻想ミッドナイト』(幻冬舎)
●米田淳一『プリンセス・プラスティック』(講談社ノベルス)
●津田庄一『京極堂の偽』(データハウス)
●『エヴァンゲリオンネヴァーエンディングストーリー』(コアラ・ブックス)
●菅浩江『末枯れの花守り』(角川書店)
●谷山由紀『天夢航海』(ソノラマ文庫)
●宮部みゆき『心とろかすような マサの事件簿』(東京創元社)

【7】複製人間コンテンスト(アニメージュ97年9月号用)

 いきなり本題で恐縮ですが、西澤保彦のSFミステリには2系列ある。『完全無欠の名探偵』『七回死んだ男』『瞬間移動死体』の〈あやしい特異体質〉系と、『人格転移の殺人』と『死者は黄泉が得る』の〈あやしい機械〉系ね。で、今月の新刊、『複製症候群』は、機械系の第三弾。
 西澤作品は本質的にSFじゃなくてミステリだから(独断)、謎の機械や体質の由来は詮索しないのがお約束。ま、宇宙人の落とし物なんじゃないですかね、てなことになってて、どうして宇宙人が地球人の人格を入れ換えたり死者を復活させたりするのかという疑問もありましょうが、そこはそれ、まあ宇宙人のすることですから。
 前二作の機械はいずれも海外で発見されたんだけど、今度の生物複製マシンはすごいぞ。問答無用で全世界に降り注いでくるんだもん。通称〈ストロー〉と呼ばれるこの物体、高さが千〜一万メートル、直径が二百〜千メートルの巨大な筒。小松左京の「物体O」とか「アメリカの壁」とかのちっちゃいやつね。ただしこちらの〈ストロー〉
の壁を自由に通行可能。なら問題ないじゃん――と思うかもしれないが、宇宙人も甘くない。生命体がこの壁に接触すると、一分ぐらいでオリジナルと完璧に同一のコピーが湧いて出るんですね。
 物語の主人公は、たまたまストロー内部に閉じこめられてしまった高校生たち。いや、出ていこうと思えば出ていけるんだけど、「ストローの壁に内側からさわっても外側からさわっても、コピーは必ず内側に生まれる」というルールがあるもんだから、最初に内側にいた人間の数は、増えることはあってもぜったい減らない仕組み。当然、ストロー内部で殺人事件が発生し、例によって突拍子もないドタバタ劇がくりひろげられる。
 いままでの作品とくらべて、今回のプラス点はルールがシンプルでスケールが大きいこと。マイナス点は解決に意外性が乏しいことかな。『人格転移』には一歩及ばないものの、トンデモ度は上昇気運なので、満足しつつ自作に期待したい。
 つづいては新本格の最終兵器・清涼院流水の第三作、『19ボックス』。JDCシリーズから離れた単発作品なので、九十九十九ファンや竜宮×氷姫宮な人(笑)は残念でした。四つのパートと巻末付録からなる中編集的な構成で、頭の「カウントダウン50」はわりとよくできたホラー中編。2つめの「華ある詩〜モナミ」は、電話の会話のみ
からなるモザイク小説。最後の「切腹探偵幻の事件」はいつも流水小説って感じで、これがないと満足できない流水病患者の人も安心だ。
 しかし、大森がいちばん驚いたのは、三本めの中編、「木村間の犯罪×II」。大学一年生、木村彰一が誕生日の翌日目を覚ますと、隣に寝ている
もうひとりの自分を発見した……。というわけで、なんとこれまた複製人間ネタ。彼の場合、機械じゃなくて特異体質ですが、誕生日のたびにひとりずつつ増えて、とうとうせまい下宿に四人の木村彰一が同居するハメになる。そして四人の木村の
しあわせな生活が永遠につづくかと思えたある日、そのうちひとりが殺害される……。
 本筋の犯罪のほうはまあふつう(どこがだ)だけど、計画のみで実行されなかった犯罪の動機には、ひさしぶりに仰天しました。あまりにも爆笑だったので、この一点に関しては流水の勝ち。反流水派の人にも、この一編だけは読むと吉。
 最後の一冊は、SF作家が書いたSFミステリ、ロバート・ソウヤーのネビュラ賞受賞作『ターミナル・エクスペリメント』。邦訳第一弾の『ゴールデン・フリース』は、「宇宙船を制御する人工知能が完全犯罪をもくろむ倒叙スリラー」((C)瀬名秀明)として一部ミステリファンの間でも話題になったけど、今回は後半がフー・ダニット物。
「魂の存在が科学的に証明されちゃってさあたいへん」ってのがSF的にはメインですが、主人公の科学者ホブスンは魂の正体を調べるため、自分の精神の複製三種類をサイバースペース上に構築する。ところがやがて、ホブスンの周囲で殺人事件が発生。どうやら三人の仮想ホブスンのうちひとりが犯人らしい……。
 ってことで、なんたる偶然か、これまた複製人間ネタなのである。これはもう、三冊並べて複製人間ミステリコンテストを開くしか。

●西澤保彦『複製症候群』講談社ノベルス
●清涼院流水『19ボックス』講談社ノベルス
●ロバート・ソウヤー『ターミナル・エクスペリメント』(内田昌之訳)ハヤカワ文庫SF



【8】『メタルダム 機械どもの荒野』(アニメージュ97年10月号用)


 エヴァが終わっても人生はつづく。
 ってことで今月は黄色い水の本を特集しようと思ったら見つからないのでふつうに行きます。と思ったけど、めったにない機会だから血縁者がつくった本を番外で宣伝する。
 九歳年下のうちの弟(独身、JUNE編集部勤務。去年の正月、いきなり我が家にやってきてひと晩徹夜でTV版のビデオまとめて見てったと思ったら、春にはJUNEで庵野監督インタビューだもんな)が編集を担当した『新世紀エヴァンゲリオンJUNE読本 残酷な天使のように』(マガジンマガジン)は、巻末のカヲル×シンジ対談(新谷かおると和田慎二だけど)が大爆笑の傑作。エヴァお絵かきロジック付きだし、なぜか「エヴァンゲリオン補完委員会出張版」まであってお買い得。劇場用パンフと『THE END OF EVANGELION 僕という記号』(幻冬舎)買ったら、あとはこれでしょ。

 さて、今月のふつうの本の一発目は、渋谷パンテオンのエヴァ試写のあと暗い顔で劇場から出てきて、「どうでした?」とたずねても、「うーん」と顔を伏せていた森岡浩之さん(これからエヴァ対談なのにだいじょぶかっ)の最新作、『メタルダム 機械どもの荒野』。
《星界の紋章》《星界の戦旗》のシリーズ以外ではこれが初の単発長編だけど、全然力みがなくて、じつにいい感じに仕上がってるエンターテインメントSFの秀作。
文明崩壊後の荒野をさまよう機械を狩り、仕留めた獲物をジャンク屋に売っぱらって生計を立てるメタルハンターが主人公――と、このへんの設定はありがちですが、語り口にはまるで危なげがなく、すでに百戦錬磨の大ベテランの趣き。キャラの立ち方はばりばりの男の子系ヤングアダルトSF、物語の構造は初期の新井素子って感じですか。
 オビには「SF夏の時代を担う、待望の書き下ろし!!」と書いてあって爆笑したけど、夏の時代を実現するにはもうちょっと執筆ペース上げてくれないとなあ。《星界の戦旗》のつづきがはやく読みたいぞ、と。

 つづいては、エヴァ試写後の三次会カラオケで山下久美子の「リリス」を披露してくれた水玉螢之丞さんがカバーとイラストを描いてる、ロバート・アスプリンの《マジカル・ランド》シリーズ第一弾、『お師匠さまは魔物!』。
 アスプリンと言えば、ドタバタスオペ《銀河おさわがせ中隊》シリーズで、最近の翻訳SFには珍しいスマッシュヒットを飛ばした人なんだけど、このシリーズ、困ったことに新作が全然出ない。そこでかわりに登場したのが、すでに既刊十冊を数えるユーモアファンタジー、《マジカルランド》シリーズ(向こうではMythシリーズと呼ばれてます)ってわけ。
 設定は、異世界ファンタジー版の「うしおととら」。見習い魔術師の少年スキーヴが、ひょんなことから異次元の魔物オゥズに弟子入りして、全次元征服を企む悪の魔法使い(笑)イッシュトヴァンと戦う……というのが基本線だけど、ノリ的には凸凹コンビのドタバタ漫才ですな。惜しむらくは、原作の駄洒落の山が翻訳に生かし切れてないこと(苦しい努力のあとは見える)。でも、ポケモンカードへの傾倒ぶりがうかがえる水玉画伯のイラストが満載されてるから、差し引きはプラスでしょ。

 最後の一冊は、エヴァでもSFでもミステリでもファンタジーでもなくてすみませんが、「古畑任三郎」ほかでおなじみの脚本家・三谷幸喜の対談集『気まずい二人』。最近の大森は、対談だの座談会だのインタビューだのの構成を担当する機会がやたら多くて、まあ社員編集者時代からさんざんやってきたことだけに、この分野に関してはけっこう才能があるんじゃないかと思ってたんだけど、いや、この本にはまいりました。タイトルが示すとおり、対談にはつきものの気まずい沈黙≠芸として見せちゃおうという逆転の発想で、空白のスリルが熱い爆笑の一冊。さすが、本職の脚本家はちがうね。オレも見習わなくっちゃ。

●森岡浩之『メタルダム 機械どもの荒野』(ソノラマ文庫)
●ロバート・アスプリン『お師匠さまは魔物!』(ハヤカワ文庫SF)
●三谷幸喜『気まずい二人』(角川書店)

【近況】
 春のエヴァ試写に続き、居酒屋→カラオケコースで心の空白を癒やす夏。でも姫宮アンシーに浮気中だったり(笑)。いきなり渡米の紗南ちゃんの今後も気がかりです。



【9】『ヒ・ミ・ツの処女探偵日記』(アニメージュ97年11月号用)

 いやあ、夏コミは涼しくて楽勝でした。「夏エヴァその後」本やウテナ本も多かったけど、今回のオレ的イチ押しは『少女革命コズミック準備号』(ストロボ式)。まさかウテナが『コズミック』本のためにつくられたアニメだったとわ(笑)。絶対運命世紀末探偵神話がぜひ読みたい。
 森博嗣本と麻耶雄嵩本(ほとんどメル×美袋)の急増も同慶の至りで、よし今月は同人誌レビューだっ。と思ったが妻に止められたので、かわりにちゃんと商業出版されている麻耶雄嵩本をとりあげる。本欄初登場のナポレオン文庫、しんかいちさとみの『ヒ・ミ・ツの処女探偵日記』である。
 生身の女の子をオカズにすると「最低だ……オレって」になっちゃうし、青少年の健全な保護育成のためにもポルノ小説は必要不可欠でしょ。
 主人公の上津京平は冴えない高校生。幼なじみの金田一流に惚れてるんだけど告白できないというありがちなタイプ。その京平くんが夏休みのバイトに訪れた館(椿荘)は、なんたる偶然か、いちるの所属する女子高護身部の夏合宿所。女だらけのパラダイス――と思いきや、密室状況でレイプ事件が発生する……。
 ってことで、これは本邦初(たぶん)の新本格ポルノ(ほんとかよ)。主要キャラ名が名探偵のパロディだったり、不可能状況での人間消失ネタがあったり、全体の構成も新本格してるけど、最大のポイントは突然降り出す「真夏の大雪」。ほらほらやっぱり麻耶雄嵩。と思うのはオレだけか。
 さらに驚いたことに作中の濡れ場はゼロ(えっちシーンはすべて京平くんの夢の中の出来事)。堂々のアンチポルノぶりで、しかも結末はアンチミステリ(笑)。面白いかと言われるとやや首をひねりますが、珍品には違いない。〈金田一流の事件簿〉とサブタイトルがついてる以上、きっと続編があるんだろうなあ。わくわく。
 つづいてはアビコ本の新刊、『まいっちんぐアビコ先生』――じゃなくて、我孫子武丸の最新長編、『ディプロトドンティア・マクロプス』。
 京都で探偵業を営む「私」のもとに、ある日、女子小学生の依頼人がやってくる。動物園から消えたカンガルーのマチルダさんをさがしてっ。
 と、話はC調ハードボイルドっぽく幕をあけるが、カバー裏の粗筋紹介を頼りに読み進んできた読者は途中でぎゃっと叫ぶことになる。な、なんなんじゃこれは(にんじゃではない)。
 刊行から二カ月、我孫子ファンの読者はもうとっくにこの驚愕を味わっているだろうし、疑り深い人のためにここは思い切ってネタを割っちゃおう(著者了解済み)。読みかけの人は以下五行飛ばしたまい。って無理か。
 なんと『ディプロ以下略』は、現代の京都の街を舞台に、庵野秀明版「帰ってきたウ*ト*マ*」を再現しちゃうお話なのである。怪獣役は科学の力で巨大化したカンガルー。クライマックスは前代未聞・驚天動地の肉弾戦。崩れるビル、逃げまどう群衆! いやもう最高です。
 学生時代に思いついたネタだけあって、『ウルトラマン研究序説』的ツッコミも当然可能なんだけど、この壮大なばかばかしさの前ではなにも勝てない。しかもほのぼのだし。新本格やハードボイルドが苦手な人も騙されたと思って読んでね。
 おっと、もう行数がない。今月のイチ押しは、締切間際に届いた今野敏の書き下ろし、『慎治』。ガンダムRX-79Gのフルスクラッチ・モデル(著者自作)がカバーを飾り、タイトルがシンジと来たんでは、あらぬ期待を抱く人もいるだろうが、その期待はまったく裏切られない。なにしろ冒頭は、十四歳(推定)の慎治が書店売りのガンダムW同人誌万引きを強要される場面だもん。
 いじめ被害で自殺寸前まで思い詰めていた慎治は、模型おたくの教師(三十五歳)の指導のもと、ガンプラとサバイバルゲームを通じてりっぱに成長していく。早い話、おたく版『初秋』ですね。
 かつて推理作家協会会報で川又千秋と熾烈なガンプラ論争(?)を展開した戦歴を誇る今野敏のガンダム魂とモデラー魂が炸裂し、ディテールは果てしなく暴走する(十ページにわたるガンダム史概論とかさ)。おたくカムアウト小説は最近の流行みたいですが、これはそのきわめつき。ただしGガン愛好者は読むとむっとするかも(笑)。


●しんかいちさとみ『ヒ・ミ・ツの処女探偵日記』(フランス書院ナポレオン文庫)
●我孫子武丸『ディプロトドンティア・マクロプス』(講談社ノベルス)
●今野敏『慎治』(双葉社)



【10】『火星夜想曲』(アニメージュ97年12月号用)


 ちーす、デジカメとビデカとパソコンとMDウォークマン担いでテキサス州サンアントニオくんだりまで世界SF大会の取材に出かけ、ぐったり疲れて帰ってきてまだ社会復帰できない大森です。
 大会レポートは、日本唯一のSF専門ウェブマガジン、SFオンライン(http://www.so-net.or.jp/SF-Online/)を見ていただくとして、企画でやたら目についたのは、やっぱり火星関連。ヒューゴー賞長編部門も、キム・スタンリー・ロビンスンの火星三部作完結編、Blue Marsが受賞、SF的には「97年は火星の年」で結論が出たみたい。
 というわけで、日本でも、ベアの『火星転移』につづき、英国の俊英、イアン・マクドナルドの『火星夜想曲』がタイミングよく邦訳されている。
 原題のDesolation Road(荒涼街道)は、火星の片田舎に忽然と出現した田舎町の名前。この町に流れ着いた人々、出ていった人々の百三十(火星)年余にわたる年代記を綴る『火星夜想曲』は、まさしくSF版『百年の孤独』。マルケスが生粋のSFおたくだったら書いたかもしれない、魔術的リアリズムとSF的想像力の結婚から生まれた最良の成果である。
 と、つい肩に力が入っちゃうけど、いや、これは傑作。一九六〇年生まれのマクドナルドが八八年に発表した長編だと思うと、ちょっと茫然とするね。エリクソンも村上春樹もあっち行けって感じ。凝りに凝った文体と圧倒的な密度、ほとばしるイメージの洪水は、現代文学としての評価にじゅうぶん耐える。にもかかわらず、列車男(鋼鉄の機関車に人格が転写されている)対ロケット男(究極のキカイの体を手に入れたサイボーグ)のすさまじい肉弾戦とか、超兵器が乱れ飛ぶ市街戦とか、宇宙一の天才ハスラーとか、歴史を書き換えてしまう時間巻取機とか、緑色の火星人とか、SF以外の何物でもないモチーフが惜しげもなく投入され、それがマルケス的イメジャリーと違和感なく同居している。今年のベストはこれで決まりでしょ。

 この傑作のあとではちょっと影が薄いけど、ウィリアム・ギブスンの最新作、『あいどる』も出ている。『ヴァーチャル・ライト』の続編なんですが、巻き込まれ型のパターンが前作といっしょなのは笑いました。この人はほんと、物語を語ることに興味がないみたいね。
 今回のヒロインは、人気ユニットLo/Rezの追っかけではるばる東京にやってきた14歳の少女、チア。目的は、愛するRezの結婚宣言(相手は仮想アイドル、レイ・トーエイ)の真相を探ること。
 ……って、まるで「マクロス・プラス」番外編(笑)みたいな話ですが、そこはギブスン、なにを書いてもかっこいい。凡百のフォロワーたちがいくらカタチを真似ても、このセンスだけは真似できない。いまどきヴァーチャル・アイドル持ってくるのはちょっと頂けないが、処理のスマートさは抜群。大震災後の近未来東京を描写する筆の冴えは、日本人でも太刀打ちできない。なぜそこまで書ける、ギブスン。登場時のインパクトを失った今、これがSFかと言われるとやや首をひねりますが、最高にキュートでおしゃれな現代小説。劇場アニメで見たいかも。

 最後の一冊は、今や最高の希少価値を誇る本格SF短編集、谷甲州の『星は、昴』。表題作はじめ、壮大なスケールで描く正統派ストロングスタイルの宇宙SF短編が中心だけど、「ホーキングはまちがっている・殺人事件」(一人暮らしの老宇宙の死体が自宅で発見されるところからはじまる)みたいな爆笑の傑作もあって油断できない。SF以外のなにかに回収することの不可能な「日本SFの核」がここにある。
 ところで「本格SF」って単語が乱舞するあとがきを見て思ったけど、これからはSFも、「本格」と「その他のSF」に分けたほうがわかりやすいかも。北村薫の『ターン』はSFだけど本格じゃない、とかさ。もちろん「本格」ってのは誉め言葉じゃなくて、ミステリにおける本格と同様、たんなるジャンル識別記号ね。でもそんなこと言ったら国産の本格なんて年に2冊ぐらいか。うーむ。

●イアン・マクドナルド『火星夜想曲』(古沢嘉通訳/ハヤカワ文庫SF)
●ウィリアム・ギブスン『あいどる』(浅倉久志訳/角川書店)
●谷甲州『星は、昴』(ハヤカワ文庫JA)

【近況】
TV版「ねらわれた学園」もいよいよ大団円。なんか異様な盛り上がりで目が離せませんが、新シリーズに突入した「ウテナ」もすごいね。あと映画の「CURE」が傑作。



【11】『幻惑の死と使途』(アニメージュ98年1月号用)


 女性ばかりの劇団〈てぃんか〜べる〉の公演、「東の海神 西の滄海」に行ってきた。去年の芝居(宮部みゆき原作の「龍は眠る」)も見てるから、原作のテイストを守るきっちりした舞台なのはわかってたけど、なにしろモノが「東の海神」。女性が演じる尚隆や斡由には若干の不安があったんですが、いや堂々たるもの。役人トリオの漫才は傑作だし、更夜かわいいし、「大きいの」の造型もキュート。脚本も、ドラマCDの台本より全然出来がよくて、原作ファンも納得の舞台でしょ。
 たまたま原作者の小野不由美主上が(亭主連れで)来てたんで、終演後の宴席に大森もオマケで呼ばれて最近のミステリの話とかしてたんですが、そこで話題に出たのが森博嗣の犀川&萌絵シリーズ。オレ的にはもう萌絵萌えな連作で――とかってベタなギャグが無反省に出ちゃうくらいお気に入りなのに、筋金入り本格ファンの中にはこれに拒否反応示す人がけっこういるみたい。
 そこでつらつら考えてみた結果、「オレにとっての犀川シリーズは、ミステリ界における『超時空要塞マクロス』である」って結論が出た。
 初代のTV版マクロスで、毎回お約束の戦闘シーンがあったように、犀川連作でも毎回事件は起きるんだけど、物語の焦点はあくまでもラブロマンス。マクロスの戦闘シーンに華麗な板野サーカスがあったように、『すべてはFになる』では華麗な大トリックが炸裂し、「これはすげえ本格ミステリだ」とミスディレクションしたんだけど、五作目の『封印再度』において、ついに恋愛が本格に勝利し、その真の姿が明らかになった――っていうのが大森解釈。つまり『封印再度』=「愛は流れる」だから、なるほど、これが大森の「今年のベストワン」になるのも当然だね。と自分だけ納得しててすみませんが、マクロスがヤマト的な宇宙アニメへのアンチテーゼだったように、犀川連作も、「意外な謎とその解決」を至上命題とする本格ミステリへのアンチテーゼなのかも。
 森ミステリは「本格という形態を利用して新しい思考回路を提示している」ってのが小野不由美説だけど、それはまさにマクロスがアニメについてやったことなわけで。
 その〈犀川&萌絵〉シリーズの六冊目『幻惑の死と使途』が出ている。『封印再度』の書評でうっかり「完結」とか書いちゃったんで、あわてて講談社ノベルス編集部に問い合わせた人もいるみたいで申し訳ない。忘れがちな事実だが「愛は流れる」は最終回ではなかったのである(ってまだ言うか>おれ)。だいたいシリーズ的にはまだ未決着の問題も残ってるし、これから四冊、まだまだお楽しみはつづくのである。
 つづいて映像がらみのホラーを駆け足で二冊。先月の近況欄でもちらっと触れた今年の邦画ベスト5級の傑作サイコサスペンス「CURE」が、黒沢清監督自身の手で小説化されている。ま、映画見てから読んだ感じでは、原作というよりノベライズっぽいけど(心理学者の設定など、映画版とはっきり違う部分もいくつかある)、画面で説明されていないディテールが書かれてて、小説としても楽しめる出来。
 物語の前半は、手口だけが共通する連続猟奇殺人(それぞれの犯人は犯行直後に逮捕されている)のミッシング・リンク探し。しかし圧巻は、謎の男・間宮が警察に捕まってから。刑事・高部と間宮の言葉による対決には息詰まる迫力がある。後半は意表をつく展開の連続で、これはサイコホラーの新機軸。映画は十二月公開なんで、読んでから見るか、見てから読むかが悩ましいところ。
 もう一冊は、この十月から放映がはじまった飯田譲治プレゼンツの深夜TVドラマ「幻想ミッドナイト」(一話完結で、テレビ朝日系/土曜深夜24時40分よりの30分番組)の原作を集めた同名のアンソロジー。単行本未収録だった京極夏彦の短編「目目連」が読めるのが、たぶん最大の目玉。
 今年度SFホラーの大収穫、『アナザ・ヘヴン』(角川書店)のコンビ、飯田譲治+梓河人の書き下ろし中編「破壊する男」(諸星大二郎系)のほか、綾辻行人「四〇九号室の患者」、宮部みゆき「言わずにおいて」、筒井康隆「怪物たちの夜」など、全九編を収録。四百ページでこのお値段はお買い得でしょう。いよいよホラーの大復活なるか。

●森博嗣『幻惑の死と使途』(講談社ノベルス)
●黒沢清『CURE』(徳間文庫)
●『幻想ミッドナイト』(幻冬舎)

【近況】
DCIランキング(リミテッド)が日本で54位まで上昇し、M:TG熱が再燃中。いやあ順位がつくと燃えますね。11月はドイツ予選再挑戦だっ。目標、5勝2敗以上。やるしか。



【12】『プリンセス・プラスティック』(アニメージュ98年2月号用)


 またしても、自分で推薦文を書いちゃった本を紹介する。講談社ノベルスでコピー書くのはこれが二回目で、前回は清涼院流水の『コズミック』だったわけですが――と言ったとたん思いきり警戒する人がいそうなのは自業自得だとしても、米田淳一のデビュー作『プリンセス・プラスティック』は、そこまで凶悪じゃないにしろ、他に類似物がないって意味では、SF版『コズミック』と形容する人がいないともかぎらない。
 思いきりヤングアダルトなカバーイラスト(このキャラデザインはちょっとあんまりだと思います)が示すとおり、設定的には完全にヤングアダルト系SF。なにしろヒロインのシファとミスフィは、美少女型次期主力突破戦闘艦だもん。
 女の子=宇宙船の先行例には、マキャフリイの『歌う船』とか、長谷川裕一の『マップス』(はちょっと違うか)とかがありますが、この本のヒロインは体重五十八キロ。むしろ女性型の鉄腕アトムね。出撃時には華麗に変身するけど、戦闘機になるわけじゃなく、プラグスーツを蒸着するみたいなイメージ。いわば等身大の人型決戦兵器で、ワームホールでつながった別宇宙に十一万トン分の戦闘装備を格納、そこからとりだしたミサイルを敵めがけてぶん投げたりするんですな。
 舞台は22世紀の日本。新関西空港行き極超音速単独軌道往還旅客機(SSTO)、全日航AJA―997便が電子的にハイジャックされる事件が勃発。人工知能搭載のメガトン級核爆弾に支配された997便は、目的地を首都の新淡路特別立体都市に変更。衝突までのタイムリミットは一時間。
日本政府は次期主力突破戦闘艦・シファリス級のシファとミスフィの実戦投入を決意する……。
 このOVA的にとんでもない話を、ヘタな国際謀略小説みたいなガチガチのシリアス文体で書いたのが最大の特徴。雰囲気的には野阿梓+士郎正宗(山ほど註がついてる)なんだけど、小説技術的には欠点だらけ。登場人物は山ほどいるのに全然キャラ立ってないし(あ、悪の天才ハッカーが開発した女王様系のAI、クドルチュデスさんだけは別格ね。一人称は「チュチュ様」(笑)。えっちでお茶目で、けっこうツボです)。
 推薦コピーに、「ポスト・エヴァンゲリオン時代のラディカル・ハードSFが誕生した」と書いたら、「どこがハードSFやねん」的ツッコミを堺三保その他から受けたんだけど、オレ的にはこれって、「ラディカルなハードSF」じゃなくて、「ラディカルでハードなSF」のことなので、「正しい科学知識に基づくSF」は期待しないように。最近珍しい異常なSFとしておすすめ。
 異常な本と言えば、今月いちばん笑かしてくれたのが、津田庄一『京極堂の偽』。オビには「超人気作家 京極夏彦が盗作!」「暴かれたパクリの手口」の文字が踊り、どれどれと読みはじめるといきなり問答形式で意表をつく(笑)。要するにこれは、謎本の世界で活躍中の著者が、「榎木津の能力を説明する理論は、オレが『宜保愛子超霊力の真相』に書いたことのパクりだ」と京極夏彦を指弾する本なんですね。
 じっさいには盗作とかってレベルの話じゃ全然ないし、端的に言えば、「京極人気に便乗した悪質な言いがかり本」――だけど、中身は意外と愉快で、『姑獲鳥の夏』の参考文献に自分の本のタイトル混ぜて鑑賞してみる件りとか、思わず爆笑。
 いちばん驚いたのは、この本のうしろ半分まるまる、『宜保愛子超霊力の真相』が再録されてること。つまりこれは、『超霊力』の改題新装判に、「京極夏彦も読んだ本」という長い宣伝をくっつけた画期的リサイクル本なんですね。便乗商売もここまで来ると感動的。『京極夏彦の謎』より百倍笑えるし。瞬間芸的な本なので、熱血京極ファンの人も真面目に腹を立てないように。
 さて、便乗本と言えば、我が家の本棚にはすでに70冊を越えるエヴァ本がずらりと並んでるんだけど(謎本と成年コミック系アンソロジー中心)、今月はとうとう、初のエヴァ小説本が登場。『エヴァンゲリオンネヴァーエンディングストーリー』は、《反逆号のログノート》シリーズとかで知られる伊東麻紀のポスト夏エヴァ物(妊娠したアスカのサバイバル生活ネタ)など全三本を収録。いやはやこんな小説集まで出ちゃうとはね。って、珍しかったらなんでもええんかい>オレ。

●米田淳一『プリンセス・プラスティック』(講談社ノベルス)
●津田庄一『京極堂の偽』(データハウス)
●『エヴァンゲリオンネヴァーエンディングストーリー』(コアラ・ブックス)

【近況】
京極夏彦ペンネームコンテスト《業界人の部》でみごと優勝。京極メキシコ「宍道湖鮫」(小説すばる11月号)には女子高生の「大盛望」ちゃんが登場しました。ふふ。



【13】『末枯れの花守り』(アニメージュ98年3月号用)

 いつものことながら、年末に向けてエンターテインメントの力作・大作ラッシュがつづいている。高村薫『レディ・ジョーカー』、瀬名秀明『BRAIN VALLEY』を筆頭に、島田荘司『三浦和義事件』、矢作俊彦『あ・じゃ・ぱん!』、池上永一『風車祭』……と、ぜんぶ読んでると合計一万枚コースだもんなあ。
 こうなりゃヤケだ、長い順に紹介してやる――と一瞬考えたけど、この号が店頭に並ぶ頃には正月休みも全国的に終了してるわけで、いまさら長い本を薦められてもふつうあんまり嬉しくない。
 そこで今回は、休み明けの呆けた頭にも負担を与えず、ウテナ終了後の心の空白を埋めてくれそうな連作短編集を三冊用意しました。

 まず最初のお葉書はペンネーム「世界の果て」さん――じゃなくて、今月の一冊めは、ちょっと古いけど菅浩江『末枯れの花守り』。
「蘊蓄ではなくキャラクターで引っ張っていく和モノ幻想異界譚」とあとがきにある通り、日本的な様式美に満ちた耽美な世界を構築しつつ、バリバリにキャラ立ってるのが特徴。
 基本的には、花を守る係りのひと(青葉時実とその家来たち)vs花コレクター姉妹(常世と永世)っていう、異界の住人同士の抗争劇なんだけど、そこに現世の人間たちが巻き込まれ、ドラマが生まれるわけですね。なんかこう要約するとウテナっぽいけど(第四話の「山百合」とか、ウテナ黒薔薇編のエピソードにそのまま使えそうだし)、雰囲気的にはむしろ、和製タニス・リーでしょうか。描写に淫したきらびやかな文体と冷徹な人間描写、そこはかとないユーモアが魅力的。
 ジャンルとしてはファンタジーに属するものの(シチュエーションだけあって、設定の説明がほとんどないのは、むしろ幻想小説っぽい)、巻末の書き下ろし短編「老松」など、小松左京の〈女〉シリーズを彷彿とさせる風格で、黄金時代の日本SFの香りをたたえている。やっぱ、魂のSF作家ってことですか。
 新創刊の叢書〈スニーカーブックス〉の第一弾六冊のうちの一冊で、波津彬子のイラストはいい味出してるけど、でもどっちかっていうと四六判ハードカバーで読みたかったな。

 つづいては、ソノラマ文庫の新鋭・谷山由紀の『天夢航海』。女性作家が好んで書きがちな「貴種流離幻想」モノで(「わたしのほんとうの居場所はここじゃない」ってやつね)、「天夢界からお迎えの飛行船が来る」という夢想が物語の軸になる。ただしこの本の場合、登場人物に対する作者の視線はあくまでも醒めていて、甘い願望充足ファンタシーとは一線を画す。幻想に逃避するんじゃなくて、その種の逃避願望が生まれてくる場所を見つめている感じ。その意味では、『BRAIN VALLEY』に通じる部分もあるかも。会話は抜群にうまく、日常描写のディテールにもリアリティがあって、少女趣味的な感傷とは無縁。こういう話をこんなふうにさらりと書けちゃうのは才能でしょう。

 連作短編集最後の一冊は、宮部みゆき『心とろかすような マサの事件簿』。
『蒲生邸事件』(毎日新聞社)では九七年の日本SF大賞を受賞、最新長編の『天狗風 霊験お初捕り控<二>』(新人物往来社)は時代小説――と、ジャンルの境界に縛られず縦横無尽に活躍する宮部みゆきだが、本書はホームグラウンド(?)の現代ミステリー。デビュー長編『パーフェクト・ブルー』に登場したジャーマン・シェパードの老犬マサが語り手をつとめる蓮見探偵事務所物の連作で、すべて単行本未収録の全五篇を収める。
 この本のために書き下ろされた新作の中篇「マサ、留守番する」は、探偵事務所ご一行様が社員旅行(といっても半分家族旅行だけど)で台北に出かけているあいだの事件。マサが老骨に鞭打って独自の聞き込み捜査を展開する話で、ファンは必読でしょう。なお、巻末の「マサの弁明」は、新人作家の宮部みゆきが依頼人という趣向。オースン・スコット・カード『消えた少年たち』の原型になった短編版(作者本人が語り手)と読み比べるのも一興かも。

●菅浩江『末枯れの花守り』(角川書店)
●谷山由紀『天夢航海』(ソノラマ文庫)
●宮部みゆき『心とろかすような マサの事件簿』(東京創元社)

【近況】
日本SF大賞をエヴァで『蒲生邸事件』と同時受賞した庵野さんの受賞者挨拶が傑作。「ずっとSFやってきたよかった」発言で場内を感動の渦にたたき込んでました。ほろほろ。