きのう母親が死んだ。びっくりした。つっても、わかったのはついさっき。新発売の高速データ通勤ソフトを買おうと思って、念のために三菱協和にアクセスしたら、残高が一桁多い。あわてて照会してみると、なんと母親の遺産。葬儀AIのバグで、近親者への通知が遅れたらしい。もちろん、葬式はとっくに済んでいた。よかったよかった。
 父親は十年前に死んでいるから、これで天涯孤独の身になったかわいそうなあたしは、さっそく、物好きな母親が去年のシステム発売と同時につくらせた、人格ROMを立ち上げてみた。巨大な仏壇型専用モニタの37インチに、28歳当時のヴィデオをもとにした母親の血色のいい顔がドアップになる。なんと、真っ赤なニコルのスーツ姿。むかしからこの人はセンスが悪かったんだよね。
「死んだんだってよ、母さん」
「だからいったでしょ、ソフトをつくっとけば安心だって。こんなにはやく役に立つとは思わなかったけど」
「脳溢血だって。恥ずかしい話よね、いまどき。友だちにもいえないわ」
「死ねば仏様になるんです。恥ずかしいなんてことがあるもんですか」
 二、三分、世間話をして終了した。思ったより性能がいいみたい。けっこうはやるかもしれない。
 十時。そろそろ出勤しよう。うちの会社はフレックス・タイムなのでのんびりしたもの。九時のラッシュには、大手町の回線がデータ通勤者の山で殺人的に混んで、なかなかつながらなかったりする。あたしのとろい通勤ソフトでは、オフィスにつながるまで三分はゆうにかかってしまう。あのいらいらったらない。ま、来年、光ファイバーになれば解決する話だけど。オフィスにはいってみると、めずらしくちあきが先に来ていた。ゆうべマハラジャ・ネットで知り合った男の自慢をしたかったらしい。アングラ・ルートのすごいセックス・ソフトを持ってたそうだ。あんまり遊び回って、悪い病気{ウイルス}移されても知らないかんね。
 クライアントとの会議を二つこなし、ネットで開かれる即席麺業界イベントの企画書をいいかげんに書き飛ばしたら、ちょうどお昼。そうだ、あたしはお金持ちなんだ、と気がついて、マキシムのランチを奮発することにした。お母さんありがとう。ド・パリのディレクトリを呼び出して軽いものを選び、レシピをフード・プロセッサに直接送ってもらう。付属のモニタにはいきなりタキシード姿の支配人の笑顔が大写しになり、マキシムにようこそとかフランス語でしゃべっている。つくづくキザな店だね。
 そういえば、忌引きという制度もあったはずだとふと思い出し、人事にメールを送って午後はお休みにする。ついでに、トイレのホームドクター・システムの電源をひさしぶりに入れて、体調をチェック。若死には母親だけでたくさんだ。
「コレステロールが標準値の限界に近づいていますね」と、ベン・ケーシーの吹替をやった人の声(これはもちろん母親の趣味)がいう。「理想体重を三百二十グラム超過しています」
 余計なお世話だ。新型なら、なにもいわずに薬を処方してくれるのに。
 そうだ、西海岸の友だちが、国際回線でメタセコイアの観葉ソフトを送ってくれてたんだ。せっかくだから、一年のおつきあいだったベンジャミンくんはデリートして、うちでいちばん大きい百インチのモニタに、ダウンロードしたメタセコイアのディスクをセットする。代官山のアンティーク・ショップで買ったコラーニのカウチに寝そべって、大平原を吹きすぎる風の音を聞きながら、合成フェトンチッドの香りをかいでいると、ほんとうにメタセコイアの根元で寝ているような気がしてくる。もちろん本物なんか知らないけどさ。
 いきなり足にまるいものがぶつかってどきっとしたけど、なんのことはない、テツヤだった。前の彼にもらったコードレスの小型ペット・システムで、いまはネコのソフトがはいっている。茶筒みたいな本体にオプションの尻尾つき、足は全方向キャスタで、ジャンプもできるスグレモノ。もらったときは、メカフェチの趣味はないってむくれたけど、慣れてみるとけっこうかわいい。このソフトには学習能力もあるしね。目をチカチカさせてにゃあにゃあ鳴くテツヤと遊んでいるうちに、気がつくとすっかり夜。外に広がる百万ドルの夜景は、毎晩見てても飽きない。大枚27Yもはたいた甲斐があったね。さ、晩ごはんはどこで食べよかなっと。