草薙神社
静岡市清水草薙349

草薙神社由緒
式内延喜式神名帳に「駿河国有度郡三座小並云々草薙神社」と記載されている。(延長五年(927)
御祭神 景行天皇第二皇子日本武尊

大昔(西暦40年頃)第十二代景行天皇の第二皇子日本武尊が大和朝廷に従わない東国を平定するために赴く途中、
この地方の人々は偽って降参し「この地方には獣がたくさんいるから狩をなさいませ」と尊を誘い出し、四方から枯草に
火をつけて焼き殺そうとした。

この時に尊は、おば様の倭姫命から頂いて来た「村雲の剣」でもって、「遠かたや、しけきかもと、をやい鎌」
と鎌で打ち払うように唱え剣を振るい草を薙ぎ払って、こちらから火をつけたところ、不思議にも風向きが変わって、
先に火をつけた人々の方へ火は燃え広がりその人々を滅ばしてしまい尊は難を免れた。その場所が神社の付近であった

それで地名を草薙というのだという。
その後、佩用されていた「天叢雲の剣」を「草薙の剣」と名称を変更になり、草薙神社に神剣として奉られる。

尊は東国を平定したが、都に帰る途中伊勢の能褒野(のぼの)で没したので、お父様の景行天皇がお嘆き遊ばされ
尊の手柄をご覧なさるため東国に行幸され、その時この地に輿を留めて、尊を奉祀し尊の遺品「村雲」を改め「草薙の剣」
を納め「草薙神社」とされたという。その後「草薙の剣」は第四十代天武天皇の朱雀元年に勅命により現在の熱田神宮に
奉祀しされました。

大楠樹(平安時代) 静岡市清水天然記念物に指定
境内の大楠は幹心は枯れて外皮を残すのみであるが枝葉繁茂して、御神木としての威厳を保っている。
樹高6メートル、周囲25メートル 樹齢1000年以上
この大楠は幹が朽ちて洞となっているので、昔の人は「おこり」熱病にかかると、この樹の皮を取って
服用すればたちまち癒ったとう。
文化財 「釣燈篭」(室町時代)

唐銅製釣燈篭は天正八年(1580)七月に森民部太夫が草薙大明神の神前に
奉掛けしたものです。
「天長地御願、円満殊者信心堅固無病息平子孫繁昌之所也」と願文が彫ってある。
文化財 「鰐口」(室町時代)

唐鋼製鰐口は天正八年(1580)に奉掛けされたもので、
駿州字都郡入江床草薙村大明神奉掛御神前鰐口
千時 天正八庚辰(かのえたつ)年七月二十八日
願主 森民部太夫彫名がある。



随神の裏側に昔の花火打ち揚げ筒が保存されてあった

龍勢(流星)煙火 昭和59年静岡県無形民族文化財に指定

毎年草薙神社の例祭(9月20日)前後に行われる流星煙火は長い竹筒に円筒を付け
火薬の力でロケット噴射で空中高く打ち上げて、あがりきると仕掛けが吐き出され、
落下しながら煙火と落下傘や鯉のぼりが舞うなどの仕掛けの変化で観客をを楽しませる。

由来は戦国時代の天文十二年(1543)初めて火縄銃と黒色火薬が伝来した後、
城攻め用の「火矢」から転じて「のろし」が考えられた。
この技法が当地に口秘伝のまま受け継がれて来て更に工夫改良され安政年間から
日本武尊を祭神とする草薙神社の例大祭に打ち揚げるようになった。(保存会会員134名)

「昼ののろし」龍勢は煙や布切れ、小旗などを吐き出し、
「夜ののろし」流星は光で合図するものである

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