
所在地 甲府市岩窪町500-1 Mapion地図
円光院は、武田信玄の正室、三条夫人の墓所がある寺院です。
円光院は元々、武田信玄の先祖、逸見太郎清光の創建(保元年間)で 清光院と名付けられ、小石和(現、笛吹市)にありましたが、後に 武田信守が、父信重の位牌寺として成就院と改めました。
さらに永禄3年(1560)信玄が京都から説三和尚を迎えて開山とし、 現在地に移しました。
その後、信玄の正室三条夫人が元亀元年(1570)に逝去し、当院に
葬られたことによって、その法名から、瑞巖山円光護持禅院と改称され、
これが現在の寺号となりました。
武田氏滅亡後は、武田の家臣を祖先とする平岡氏累代の菩提寺となっています。 延享3年(1746)伽藍を焼失、平岡代官によって再建されましたが、 現在の本堂は昭和52年に、庫裏は平成11年に再再建されたものだそうです。
当院の周辺には桜が多く、運よく花の季節に訪ねたものですから、
とてもキレイでした。
信玄の正室三条夫人は、京都の公家・三条公頼(きんより)の次女。
今川義元の媒酌で、天文5年(1536)16歳のとき信玄に嫁ぎました。
そして、義信、信親(後の竜芳 りゅうほう)、信之、黄梅院(北条氏政夫人)、
見性院(穴山梅雪夫人)の生母となりました。
夫人は元亀元年(1570)7月28日、信玄に先立つこと3年、50歳で
その生涯を閉じました。
また、信玄は死去した時、馬場美濃守に遺命し、刀八毘沙門天、勝軍地蔵の
陣中守護本尊や愛用の茶器、茶釜、武田家源氏系図を奉納しましたが、これらは
市の指定文化財として保存されています。
三条夫人の墓は、墓域の奥まった小高いところにあります。
端正な宝篋印塔は信玄が建てた当時のものだと伝えられています。