第4ー2 産業部門における対策

1 産業部門におけるCO2排出量の状況

1) 総量

日本のCO2排出量に占める産業部門の割合は、1994年度において、排出総量で炭素換算約1億3600万トンと、総排出量の約40%を占めており、部門別にみると最大である。

過去の推移は、1980年において約1億3500万トンであり、それ以降、1980年代前半に減少し、1980年代後半から1990年前後のいわゆるバブルの時期にやや増加し、1992年以降再度減少したものの、1994年度から再度増加に転じているという状況である。

2) 内訳

業種別の内訳は、1993年度で、鉄鋼業 32%、化学工業 11.3%、窯業土石 9.1%、金属機械 7.4%、紙パルプ 7.4%であり、エネルギー多消費4業種といわれる鉄鋼、化学工業、窯業土石、紙パルプで、全体の約6割を占めている。

 

2 対策の現況とその評価

1) 1970年代から1986年ころまでの改善

産業部門においては、1970年代前半と1979年前後の二度の石油ショックを経て、大幅な省エネルギー対策がとられた。

これは、主に石油価格の高騰によるエネルギー価格のコスト高や安定供給の不安に対処し、事業コストを低減するためなどに、産業界が独自に自主的に取り組んだものであったが、1970年から1986年ころまでは年率約1.9%のエネルギー消費量の削減という効果を生んできた。

2) 省エネルギー法の制定(1979年)

そうした中で、1979年には、省エネルギー施策の推進のため、「エネルギー使用の合理化に関する法律」(いわゆる「省エネルギー法」)が制定された。

この法律は、産業部門だけを対象にしたものではなかったが、工場または事業所、建築物、機械器具に関する省エネルギー化をめざし、工場などにおける省エネルギーのための自主的努力とそれに向けた支援策が定められた。

同法に定められた産業部門に関する具体的な施策は以下の通りである。

 ア 判断基準の設定、公表

燃料の燃焼の合理化、加熱の合理化、熱の損失の防止、廃熱の回収利用などの諸項目について判断基準(各事業者の努力目標)を設定、公表(同法4条)

 イ エネルギー管理指定工場の指定等

エネルギー多消費工場をエネルギー管理指定工場と指定し、エネルギー管理者の設置やエネルギー消費状況の記録を義務づけ

 ウ 改善勧告等

原則として、判断基準にそって指導(各事業者の自主的努力)だが、著しく不十分なエネルギー指定工場に対しては、改善勧告、合理化計画の提出・実施等の指示ができる。

3) 省エネルギー設備投資に対する支援措置

また、1975年以降、省エネルギー設備の設置について、税制上の特別措置および低利融資制度が設けられている。

4) 1990年代に入っての省エネルギーの停滞

しかし、1986年以降、経済の好況とあいまって、エネルギー消費量は増加し、炭素換算の温室効果ガス排出量も増加した。しかも、1991年度以降はエネルギー利用効率の改善も停止したままとなっている。

いわゆるバブル崩壊の影響で、1991年以降、一時的にエネルギー総消費量は減少したが、エネルギー利用効率の改善もとまり、1994年度からは、総消費量(温室効果ガスの排出総量)も再度上昇に転じている。

5) 省エネルギー法の運用強化策

そうした中で、日本政府は、1993年に、省エネルギー法を改正し、以下のような施策を加えた。

 ア 全工場における省エネルギー目標の改定

工場の判断基準中の「エネルギーの使用の合理化の目標」に、「工場ごと事業所ごとにエネルギー消費原単位を年平均1パーセント以上低減させる」との努力目標を設定

 イ エネルギー管理指定工場からの定期報告徴収

エネルギー管理指定工場について、毎年、エネルギーの消費状況を主務大臣に報告することが義務づけられた。

 ウ エネルギー管理指定工場に対する対策の強化

エネルギー管理指定工場が、合理化計画の作成・提出の指示、合理化計画の変更、適切な実施の指示等にしたがわないときは、その事実の公表と指示に従わせる命令を発することができるようになり、命令にしたがわないときは、罰則が適用されることになった。

6) 支援措置の拡大

また、税制上の特別措置、低利融資についても、1993年に「エネルギー等の使用の合理化および再生資源の利用に関する事業活動の促進に関する臨時措置法」(いわゆる省エネ・リサイクル支援法)の制定にともない拡大された。

7)省エネルギー法などの既存対策の問題点

以上のような対策がとられているが、省エネルギー法を中心とした以上の対策では、

第一にエネルギー効率の改善そのものが努力目標で、その達成が義務づけられているわけではない、そのため「著しく不合理」でないかぎり、強制措置がとれず、目標と措置が直結していない。

第二に、そもそも、目標とされる数値が低いうえ、エネルギー総量の削減でなく、エネルギー原単位の改善が目標となっているため、生産量が増加すると、結果として温室効果ガスの排出総量も増加してしまい、温暖化防止という観点からみた場合、過去の目標は不十分である。

といった問題点がある。

実際、過去の経過を見ると、1970年代から1986年ころまでのエネルギー消費削減は、省エネルギー法などの効果というよりも、石油価格が高い中での経費削減に向けた各事業者の自主努力によるところが多く、1986年以降の円高および石油価格の低下の中で、経費削減への動機づけがよわまると、エネルギー消費が増加していったという状況がみられる。その際に、強制力を持たない省エネルギー法は、ほとんど実効性をもちえなかった。これは、省エネルギー法の効果の現状をよく示している。

また、日本政府が1994年6月に取りまとめたエネルギーの長期需給見通しの改定(内容は、総合エネルギー調査会需給部会が取りまとめた中間報告による)において、産業部門に関し、安定成長としながらも、1992年度から2000年度までのエネルギー需要は、年率0.4%で増加し、その後、2010年度までは年率0.9%で増加するとしている。同中間報告は、その前提として、産業部門において、今後の省エネルギー対策の大幅な推進が難しいという前提のように思われる。これは、現在のような「努力」的な対策の限界をしめしている。

そうした中で、日本政府の中からも、「工場での省エネルギー対策の最も基本的な事項の遵守が不十分である事業所が多くみられる。エネルギーの適正管理による省エネルギーの余地は少なくないのではないか」「(省エネルギー)技術の導入によって、今後エネルギー消費を一層効率化する余地は少なからずある」「中小企業においては、エネルギー管理の不十分な事業所が多く、適正なエネルギー管理や設備の改善等により省エネルギーを進める余地は大きい」との意見が出されている(「省エネルギー便覧(1997年版) 資源エネルギー庁、省エネルギー石油代替エネルギー対策課監修」75ページ)。

 

3 温暖化防止のためにとられるべき対策

1) 法的拘束力ある目標の設定と総量規制の導入

 ア 温暖化防止のためには、今までの省エネルギー法のような努力目標でなく、法的拘束力のある目標を設定し、その目標を実現するために、一定規模以上の工場等について、現在のSO2やNO2の固定発生源からの排出規制に類似する総量規制を導入すべきである。

 イ 規制の具体的手法

目標は、毎年○%以上(または、2005年までに □%、2010年までに △%)温室効果ガスの排出総量を減らすということにする。

そして、一定規模以上の工場等(省エネルギー法のエネルギー管理指定工場より拡大すべき)について、各工場等ごとに、現況の温室効果ガス排出総量からの上記目標値にそった削減を法的義務として課す(規制は一律とする)。

各工場等は、その目標達成のための計画を作成するとともに、その実施のための責任者を定める。そして毎年その目標の達成状況について報告書を作成し、それを主務官庁に提出するという形をとる。

行政機関は、現在のSO2やNO2の固定発生源からの発生状況の監視・測定システム同様の温室効果ガス排出状況の監視・測定システムをつくり、それで、温室効果ガスの排出状況を常時監視するようにする。

そして目標不達成の場合には、公表に加え、罰則を課す。

 ウ 自家発電の売却、コージェネレーションによる熱エネルギー供給による考慮

各工場等が、そこで消費するエネルギー効率を向上していく過程では、自家発電の余剰と排熱を利用した外部に供給可能な熱エネルギーが発生する。余剰電力の売却や余剰熱エネルギーの供給は、エネルギー転換部門への負担を軽減する一方、新たな温室効果ガスの増加をもたらさないものであって、これは、総量規制にあたっては、一定の達成として評価することが望ましい。

 エ 中小企業における特別措置と小規模事業者に対する規制

中小企業については、総量規制達成のために、税制上の特別措置や低利融資等の支援策を講じる。

また、総量規制の対象とならない工場等(小規模事業者)(現在の省エネルギー法では、規制の対象となっていない)については、直接の規制の対象とはしないが、a 目標達成のための計画の作成 b 責任者の配置 c 目標の達成状況についての報告 等を義務づけ、政府の指導勧告権、氏名の公表等の措置を持った緩やかな規制措置をとる。

 オ 総量規制についての諸問題

なお、以上のような総量規制をとった場合、エネルギー多消費型でない業種、たとえば組立工場などにおいて、一律規制を課すのは厳しいのではないかという点、すでにエネルギー効率化を進めていた事業所とそうでないところについて、一律の削減を義務付けすることでいいのかという点、新規事業をしようとする者についてどうするかといった点が検討されなければならない問題点である。

基本的施策としては、上記の通りとして、必要に応じた修正措置を検討するなどすることによって対処することがひとつの方策と思われる。

2) 総量規制と一体化した排出権売買の導入

さらに、温室効果ガスの排出総量の削減に向けた経済的インセンティブとするために、総量規制制度に加え、排出権売買の制度を導入する。

排出権売買制度は、総量規制を前提としたものであるが、目標を超過達成した事業者が、目標未達成の事業者に対し、超過達成分の排出権を売買するという制度である。この制度は、目標の超過達成に向けての経済的インセンティブになるとともに、未達成の場合には未達成の程度に応じた経済的負担を課せられることになるという点で、少しでも温室効果ガスの排出を減らす方向に向けた効果をもつ。

直接規制の問題点を補うものであって、総量規制制度の導入と合わせ排出権売買制度をも導入すべきである。

3)炭素・エネルギー税の導入

また、各事業者ごとに、エネルギー消費の絶対量を削減させるための経済的インセンティブとして、炭素・エネルギー税を導入すべきである。

総量規制は、現況から一律に減らすという点で、各工場の現在のエネルギー消費量の多寡やエネルギー効率を問うものではないが、炭素・エネルギー税を導入すれば、一般的にエネルギー効率の悪い事業をしている場合には経済的負担が大きくなるので、一般的にエネルギー消費の絶対量を減らすためには、総量規制とあわせ、炭素・エネルギー税を導入すべきである。

4)余剰電力、余剰熱エネルギーの外部への供給制度の確立の必要性

また、産業部門におけるエネルギー効率化をより効果的にすすめるために、工場等の施設内での自家発電の余剰電力やコージェネレーションなどによって捕捉された余剰熱エネルギーを、外部へと供給できる制度を確立していくことが必要である。

現状では、電力供給部門における諸規制の結果、余剰電力の外部への供給の可能性は、大幅に制限されている。余剰熱エネルギーの外部への供給のための方策については、現況ではさらに限られている。

エネルギー転換部門における意見で述べたように、この可能性を拡大することが、エネルギー転換部門での温室効果ガス排出削減につながる方策であり、産業部門におけるエネルギーの効率的利用のひとつとして、余剰電力等の買取義務づけ、余剰熱エネルギーの外部への供給制度の確立が必要である。

5)省エネルギー商品の普及推進に向けた産業部門の責任

省エネルギー商品の製造は、産業界が行うが、それらの商品からでる温室効果ガスは、民生、運輸といった他部門で算定されるため、省エネルギー商品の普及推進策や販売義務づけについては、本意見書では民生、運輸部門で触れられている。

しかし、省エネルギー商品の設計、製造については、産業部門の責任であり、その点についても、産業部門としては責任をもって対処すべきである。

 

4 具体的技術の可能性と目標設定

 ア では、削減目標としてどこまで設定することが必要であり、また相当であろうか。

ここでは、産業部門における温室効果ガス排出量削減に向けた導入可能技術の状況を、環境庁の地球温暖化対策技術評価検討会の検討結果をもとにみてみたい。

同報告書によれば、2000年までに導入可能な技術のうち、業種横断的な対策だけで、2000年時点において年間炭素換算約200万トンの温室効果ガスの排出抑制が可能だとされている。この量は、産業部門の総排出量の約1.5%にあたる(その内容内訳については、別表1)。

また、それに加え、エネルギー多消費型各産業において、エネルギー消費削減を果たすための、2000年までに導入可能な技術(化学業界における技術の中には、エネルギー原単位を50%前後改善する技術もいくつか紹介されている)も多く紹介されており、これらをあわせ活用するならば、生産量の増加を考えても、年率約2%の削減は可能ではないかと思われる(その内容については、別表2)。

その後、すなわち、2000年以降においても、さまざまな新技術の導入が可能ではないかと思われ(その内容については、別表3)、それらを強力に実現していくならば、2010まで年率2%前後の削減目標の達成は不可能ではないと思われる。

実際、1970年から1990年ころまで、産業部門においては、年率約1.9%のエネルギー消費削減を達成してきた。これも当初においては決して容易とは思われてこなかったが、現実に実現してきたことである。

 イ 目標

以上をもとにすれば、産業部門においては、1998年以降毎年2%の削減、すなわち、2005年まで1990年レベルから10%削減、2010年まで1990年レベルから20%削減という目標を設定することが相当と思われ、また、以上に提案したような具体的対策をとることによって、その目標達成も可能であると思われる。

 

(別表1)

2000年までに導入可能なCO2排出抑制対策技術(その1)

業種横断的なものー一覧とそれぞれの期待される効果

コージェネレーション17.3万トン/年

自家発電のリパワリング34.6万トン/年

自家発電のコンバインドサイクル化112.6万トン/年

ボイラーの燃焼管理5.8万トン/年

モーターのインバータ制御25.1万トン/年

高効率モーター0.8万トン/年

産業廃棄物の焼却熱を利用した発電2.3万トン/年

 業種横断的なものー総合効果合計  197.7万トン/年

 

(別表2)

2000年までに導入可能なCO2排出抑制対策技術(その2)エネルギー多消費業種における対策

1 鉄鋼

1)高効率設備の導入と操業改善

コークス炉の自動燃焼制御

加熱炉の伝熱効率の向上

直流電気炉

2)生産行程の省略と連続化

連続鋳造

直送圧延

焼鈍の連続化

3)排エネルギー回収

コークス乾式消火設備

高炉炉頂圧回収発電設備

転炉ガス回収設備

2 化学工業

1)低温レベルのエネルギー回収

大型吸収式ヒートポンプ

2)コンビナート全体のエネルギーの複合回収

3)コンピュータによる最適運転管理の追及

4)プロセス変更、改良による投入エネルギーの削減

5)高性能触媒、高度分離技術の開発

以下のいずれの方法もエネルギー原単位を25~50%向上

ナフサ接触分解技術

ガス拡散電極法電解技術

超臨界流体利用プロセス

固相反応場利用プロセス

気相法PE、PP製造プロセス

高性能触媒開発

3 紙パルプ

1)省エネルギー型生産設備、システムの導入

2)コジェネレーションの一層の導入

3)産業廃棄物焼却熱の有効利用

4 セメント

1)燃料代替廃棄物の利用拡大

2)余熱利用の推進ーコジェネレーション

3)混合セメントの生産比率拡大

4)非効率設備の高効率設備への転換

 

(別表3) 

2000年以降導入可能なCO2排出抑制対策 

業種横断的なもの

1 コジェネレーション、リパワリング発電、コンバインド発電の効率化

2 ボイラーの酸素富化燃焼

3 ボイラー潜熱回収

4 中容量流動層ボイラー

 

エネルギー多消費業種における対策

1 溶融還元製鉄プロセス(鉄鋼)

2 半凝固加工プロセス(鉄鋼)

3 次世代コークス炉(鉄鋼)

4 環境調和型新製鋼プロセス(鉄鋼)

5 高性能触媒、高度分離技術(化学工業)

6 直接苛性化技術(紙パルプ)

7 高濃度抄紙(紙パルプ)

8 流動床焼却キルン(セメント)