博多湾に浮かぶ能古島

能古島(周囲8km)は檀一雄が晩年住んでいた島で、直筆が彫られた「檀一雄文学碑」が建っています。また、島の北側には「のこのしまアイランドパーク」が有り、3〜4月は水仙、菜の花、4〜5月はツツジ、ケシ、6〜7月はダリア、10〜11月はコスモスと、折々の花で楽しませてくれます。なかでも10月頃の一面に咲くコスモスはお薦めです。(写真は志賀島から望む能古島)
交通:天神から西鉄バス能古渡船場行きで45分、終点下車後市営フェリーで15分。


志賀島の金印公園

金印は天明4年(西暦1784年)この地で発見されました。現在は公園になっています。ちなみに金印の「漢委奴国王(かんのわのなのこくおう)」の「委(わ)」は日本人に対する古い呼び名で、「奴(な)」は現在の福岡市を中心とする地にあったその時代の小国家の名です。邪馬台国論争を巻き起こした要因となりました。実物は福岡市立博物館に保存されています。後方の海にうっすらと浮かんでいるのは能古島です。
交通:天神から西鉄バス志賀島国民宿舎行きで1時間、そこから乗り換えて金印塚バス停下車すぐ。


志賀島の蒙古軍供養塔

金印塚バス停の一つ手前にあります。案内板には「文永11年(1274)10月、博多湾に現われた蒙古軍(元軍)は、今津から百道原にかけて上陸し、激戦を展開して日没とともに船に引揚げた。しかし、夜になって台風が吹き荒れ、多数の船が沈没、大破したといわれている。この供養塔は、その時、この附近で難破し、戦死した蒙古兵士のため、昭和のはじめ日蓮僧高鍋日統の提唱で建設されたもので、勝立寺で祭祀している。」と記されている。
交通:天神から西鉄バス志賀島国民宿舎行きで1時間、そこから乗り換えて蒙古塚バス停下車すぐ。


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