SHOH's LIVE REPORTS

Mary Black (June 24,1997 at Shibuya Club Quarro,Tokyo)


日続けてのライブ、しかも場所も同じ渋谷で、前日の FAIR WARNING とある意味でとても対照的なライブを見てしまった。

彼女のライブを見るのは2度目だ。前回は昨年の10月。1日2回公演(しかも夕方から2回)というとんでもないスケジュールだったのだが、2度目の回を見た私に、彼女の疲れを感じ取れるような部分はまったく見えなかった。

そして、今回。7時開場、8時開演という遅い始まりにも関わらず、クラブクアトロには大勢の外国人を含む、かなり年齢層の高い観客が詰め掛けた。なにしろ、下のフロアに人がぎっしりいるにも関わらず、最前列のあたりでさえ、人と人の間にきちんと間隔が保たれているのだ。うしろから詰めたり押したりする人はいない。クアトロでこういう光景を見たのは初めてで、びっくりしてしまった。

メンバーは、構成はギター、バイオリン(ときどきティン・ホイッスルやギターやキーボードも)、サックス、ピアノ(アコーディオンも)、ウッドベース、それにドラムというもの。

前回のドラマーは、メアリーの声の微妙な震えを殺さないようにという配慮からか、最初から最後までパーカッションのようにドラムを手で叩いていて、私を感激させたのだが、なんと来日公演のあとで急死してしまった。

今回のドラムは普通のスティックを使っていた。新譜「SHINE」がわりあいメリハリの効いた曲が多いから、それでいいのかもしれない。他のメンバーもみんなテクニシャンぞろいで、曲ごとに楽器をもちかえ、自分たちのパートを完璧に、しかも楽しげに演奏していた。音のバランスも上々。ただ、ウッドベースの音だけが、会場の構造のせいか反響が大きすぎて、途中ちょっと聞き苦しいところがあったのだけが残念と言えば残念かな。

メアリーは、前回のエレガントなドレス姿とはうってかわって、黒の長袖チュニックに黒のスパッツというシンプルな服装。アクセサリーは銀のネックレスだけというシンプルさ。アルバム「SHINE」の雰囲気に合っている。

セットリストは覚えていないが、新譜の曲を中心に、アイルランドの古い曲、有名なシンガーソングライターの曲、若い作家の曲などをとりまぜて、変化に富んだ構成にしていた。オーストラリアの作家が作ったという曲で、キーボードのおじさんが一緒に歌ったものがあったのだが、ロックバラードにも通じるパワーが感じられて、とても感動した。

前回涙が出てきてしまった曲( "THE HOLY GROUND" かしら?)では、今回もじわじわと目頭が熱くなる。歌詞もよくわかってないのに、どうしてなんだろう。

彼女の声はほんとうに驚異的だ。ただ単に美しとか、透き通るように高いとかいうのではない。どちらかというと低音は太い声だし、高音は震えるような音になる。が、そのどの部分をとっても、人の心の中にしみこんで、揺さぶらずにはおかない音色なのだ。そう、思わず音色と言ってしまったが、彼女の声はストラトヴァリウスのような名器が出す音に近い。

そして、天才バイオリニストが皆そうであるように、彼女も自分の楽器の癖や特徴、そして魅力を知り尽くしていて、完璧に使いこなしている。微妙なバイブレーションがかかる声でありながら、不安定になったり、予期しない裏返り方など決してしない。

聴く側としては、なんの心配もなく、とにかく彼女の声にうっとりと聞き惚れていればいいのだ。

しかし、問題がひとつあって、彼女のほうは客に一緒に歌ってもらいたいらしく、「恥ずかしがらないで歌いましょう。日本のファンが上手なのは知ってるんだから(^_^)」とか「さあ、これが一緒に歌える最後のチャンスよ」とか水を向けるのだが、そういう曲に限って、美しいバラードだったりするので、みんな自分の声なんかよりもメアリーの声が聞きたくて、ひたすら黙って聴いてしまうのだ。外国人も多かったから、決して恥ずかしくて声が上がらなかったというのじゃないと思う。

彼女は、歌に入る前にその曲の作者や歌詞の成り立ちについてきちんと説明してくれる。日本人にも理解できるように、はっきり発音してくれるので(時々反応が鈍いと「早すぎたかしら? ごめんなさい」とあやまったりする気配りも充分)、音だけでなく詩の世界もある程度理解しながら聴くことができて、感動が2倍になったような気がした。

アイルランドの有名な詩人が書いたという、恋人を残してアメリカに渡ろうとして、途中で死んでしまった男の歌を歌ったときなど、ほんとうに海の風景が目の前に浮かんでくるような気がしたものだ。←その詩人ノエル・ブラジルの初CDが発売されたらしい。ぜひ聴いてみたいと思った。

前回もやったBILLY HOLIDAYの曲のときは、なんと彼女の娘がステージに現れた。10歳くらいかなあ。木綿のチェックのワンピースに赤いカーディガン。長い金髪を無造作に髪止めで上に上げていて、いかにもアイルランドのカントリーライフが似合いそうな、ほんとに可愛い少女だった。途中、1小節くらいひとりで歌ったのだが、恥ずかしそうではありながら、もしかしたら母親譲りの才能があるかもしれないと思わせるしっかりした歌いぶり。客席の大きな拍手を浴びていた。

私、ふだんはこういうふうに自分の子どもをステージに上げたりするのはあまり好きではない。ましてや夜のステージだし。でも、今回は、彼女とメアリーがほんとに仲のいい、そして信頼し合っている親子だということがこちらに伝わってきて、そして彼女もとても音楽が好きだということがよくわかって、見ていてジーンとしてしまった。

一緒に歌いこそしないけれど、お世辞抜きの大歓声と拍手の嵐に気をよくしたのか、アンコールは4回もあった。さすがにもう終わりだろうと思うのに、少しするとまた登場して、1曲で終わるかと思うと「もう1曲やるわ」とその場でメンバーと打ち合わせて歌ってしまうメアリーは、ほんとにほんとに歌うことが好きなんだと思った。そして、その最後の最後まで声をコントロールし、始まったときとまったく変わらぬコンディションで歌い終えたプロ意識に敬服した。

ワンドリンクでギネスも飲めたし、2時間たっぷり夢の世界に遊べたし、今週はなんとかこのエネルギーでやっていけそうな気がしてきた夜だった。

P.S.ライブ後、Tシャツ売り場に行ってみたら、「お買い上げの方には終演後メアリー自身がサインをします」と書いてあった。なんてエネルギッシュな女性なの!


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