Jon Bonjovi (July 7,1997, Budokan, Tokyo)
「ねえ、BON JOVIが好きだからといっても、ジョンのソロライブにまでは行かないって人も多いよね。ジョンがどうしても見たいって来るのはやっぱり女の子が多いでしょ?」
「うん。その率は高いよね」
「ってことは黄色い声が多いんじゃないかなあ」
などと話していたら客電が落ちた。
とたんに武道館は黄色い声の渦に飲み込まれた(^^;)ヤッパリ。超満員の武道館には男性の姿も多い。それでも女の子の嬌声が他を圧倒している。このパワーって凄い。
ステージはまだ暗く、天井から1本の細いスポットライトだけ降りていて、その下にジョンが立っている。黒のジーンズに白いシャツの裾を出して着て、黒革のジャケットを羽織っている。映画に出てくる俳優ジョンみたいな服装だ。髪はちょっと逆立った感じで7/3に分けていて、これまた俳優さんみたい。どうも違和感がある。ライトがシェイプアップしてこけた頬を強調するかのように影を作っている。
1曲目は、ロンドンと同じSTONESのカヴァーで"NOT FADE AWAY"。始めアカペラで歌っていたのが途中からステージが明るくなり、バックのメンバーが浮かび上がる。デヴィッドとティコが来るかもしれないという噂もあったが、ステージにいたのは、ベースのヒュー・マクドナルド以外は知らない人ばかりだった。ギターは一瞬アレック・ジョン・サッチかと思うような小柄な人で、おかっぱ頭がすごく変。 はっきり言って超かっこ悪い。でもまあ、あまりかっこいい人だったら、リッチーの立場がなくなってしまうから、あえてこういう人材を選んだのかもねえ。なんの曲だか忘れたけど、中央のマイクでジョンに顔を寄せてコーラスをつけたときには、思わず「やめてえ!」と心の中で叫んでしまった。声は女性みたいな高音でけっこううまいんだけどね。
キーボードは短めのカーリーヘアで痩せ型。ドラマーは黒のベレーを目深にかぶっているので、顔立ちは見えない。これにパーカッション担当の黒人とヒューとで5人編成のバンドだ。ジョンはBLACK DOGSと呼んでいた。ZEPPELINの"BLACK DOG" にひっかけてる?
2曲目はソロアアルバムからの曲。そんなに聴きこんだとも思えないのに、なぜかすごく懐かしい気がして、「あれ、これって昔のアルバムに入ってた曲だったかしら?」なんて思ってしまった。
しかし、音はよくない。武道館にしては珍しいくらい音の分離が悪くて、全体にわんわん反響してしまっている。やはりスタジアム級のライブばかりしてきたせいで、こういう小さい会場でのセットがしにくいのだろうか。あるいはソロツアーということで、いつもとは違うツアースタッフで慣れていないのだろうか? まあ、各国で1回ずつのライブとあっては、そうそううまく行かないのかもしれない。
2曲目が終わったところでジョンのMCが入る。
「きょうは古い曲や新しい曲、それに古い曲、新しい曲、古い曲・・・をやるよ。醜い曲もね。"UGLY"だ」
冗談をまじえての紹介で新譜からの"UGLY"が始まる。新譜からの曲にも会場の反応はいい。BON JOVIのファンってほんとに忠実だから、みんなしっかり聞き込んできてるのよね。私の隣りからはきちんとフルヴァージョン歌詞を覚えて歌っている声が聞こえる。
このあたりからもう曲順はさだかではなくなってきた。あまりにもステージに集中しすぎて、順番なんて覚えていられない。そうそう。ジョンはバンドでのときと違って、ほとんどの曲でギターを弾いていた。それもかなり真剣に弾いているので、手元を見る回数も多く、見ていて微笑ましい(^.^)。ただ、あの黒革のジャケットを着たスタイルにギターは似合わないと思うなあ。ジャケットが細身なせいか、頭が大きく見えて、そこに大きなギターを抱えるものだから、なんだか妙にバランスが悪い。
"QUEEN OF NEW ORLEANS"はアルバムで聴いてるときから好きな曲だったけど、こうしてライブで聴いても気持ちがいい。ただ、これってジョンが思いきり低い声で歌う画期的な曲なんだけど、ヴォーカルマイクの調子がいまいちなもので、その声がほとんど聞こえなくて気の毒だったなあ。
「最初のシングルだよ」という紹介で始まった"MIDNIGHT IN CHELSEA"も、ほんとだったら最初のちょっとメロウな感じのイントロがいかにもデイヴ・スチュアート風でお洒落なはずなんだけど、これまた効果があまり出ていなかった。でも、この曲から隙間なしに次の"DESTINATION ANYWHERE"へとつなげる構成はすごくかっこいい。ぎくしゃくしたところがまったくなくて、ごくごく自然につながってしまったので、最初のうち、次の曲になっているのに気がつかないくらいだった。←私がぼんやりしてただけなのかも
途中で再びジョンにだけスポットがあたり、片手を前に訴えかけるようにさしだしたときには、客席から声にならない悲鳴のようなため息が漏れていた。私も思わず息を止めていた。やっぱりジョンって素敵〜。立っているだけで何かを感じさせるカリスマ性がある。
アルバム「BLAZE OF GLORY"からはタイトルトラックと、なんと珍しい"BILLY GET YOUR GUNS"を。これは全体に大人しめな曲が多いきょうのセットの中ではかなりヘヴィーでロックンロールしている曲なので、ステージも客席も一気にハイテンションになる。ジョンもけっこううれしそうにステージの上を走り回っていた。こういうところは、バンドでやってるジョンに戻ったみたいで、なんだかこっちまでうれしくなる。
もちろんBON JOVIの曲だってしっかりやってくれた。いちばん最初にやったのが、ロンドンではやらなかった"YOU GIVE LOVE A BAD NAME"だったのには狂喜乱舞。客席も一気に燃え上がり、武道館じゅうの人が手を振り上げ、一緒に歌う、歌う。あのすさまじさは、ほかのどんなバンドのライブでも見たことがない。ライティングの人も心得たもので、客席が歌う順番になるとパーッと明るく照らすから、ジョンから見られていると思って、さらにさらに大声で歌い、こぶしを振り上げる。
"LIVIN' ON A PRAYER"はアコースティックヴァージョンだった。でも、これも以前にBON JOVIのライブでも経験しているから、みんな驚いたりはしない。しっかりコーラスも低音で一緒に歌ったりしている。
しかし、この曲が始まる前くらいからジョンの様子がちょっと変になっていた。「少し技術的なトラブルがあるんだけど、とりあえずはアコースティックでいくからね」なんてMCをしてたくらいで。
それでも、この"LIVIN' ON A PRAYER"のヴァージョンはすごくユニークだった。終わったかと思うとまた盛り上がるようになっていて、途中ジョンが「SHE CRIES, CRIES」と叫ぶように歌い上げるところなど、思わず背筋がゾクゾクッとして体が固まってしまうくらい感動してしまう。ああいうところでの感情表現の巧みさ、まさに俳優としての経験が物を言っているんだろうなあ。
"BLOOD ON BLOOD"も、ジョンの歌をきわだたせるアコースティックヴァージョン。こういうのを聞くと、ジョンってほんとに歌がうまくなったよなあ、としみじみしてしまう。ちょっと、ほんとにちょっとだけ、細川たかしを思い出してしまったくらい、演歌に近い情感を感じてしまう歌唱力だった。
"JANIE, DON'T TAKE YOUR LOVE TO TOWN"は「次のシングルになる曲だ」という紹介で始まった。この曲もサビが印象的で、一緒に歌えるのがいい。
「みんな。まだ家に帰りたくはないだろう?」「いえ〜!」
あれ? こういう質問のときは「のー!」って言わなくちゃいけなかったんだっけ?
でもジョンは私たちの英語のできなさは先刻ご承知だから、まったく気にしない。
「俺は家からこんなに遠いとこまで来ちゃってるんだから、どこに行けばいいっていうんだ?」
「うちにきてもいいのよ!」とは言わなかったけど心の中で叫んだ。
"NAKED"は、アルバムとはちょっと違う印象で、ブレイクがぴたっと決まるところなんて、まるでPRINCEの曲みたいと思ってしまった。ちょっと音程が合ってない部分もあったけど、まあ、ライブで演奏する回数がとにかく少ないから仕方がないかな・・・なんて思っていたのだけれど・・・
新譜の中で今のところいちばん気に入ってる"AUGUST 7, 4:15"は、やっぱりものすごくかっこいい曲だった。これ、歌詞がかなり重いので、実際にライブでやったときにどんな反応を示せばいいのだろうと心配していたんだけど、始まってしまえばそんな心配は無用。とにかく感情が爆発するままに一緒に歌い、叫んでしまえばいいのだった。しかし、ほんとに音が悪い。この曲なんて、ほんとだったらもっともっともっとかっこよくなるはずなのに・・・。
そんな思いを吹っ切ろうとするかのように、ジョンがマラカスを降り始める。キャア、"KEEP THE FAITH"だ! ジョンはもちろんだけど、パーカッションの人が両手にマラカスを持って振っているのがけっこう笑える。 この曲でのジョンは、ギターを下げていないせいもあるけれど、ほんとにBON JOVIのときのジョンに戻っていて、動きも歌もジェスチャーも表情も、すべてがジョン本来の魅力を取り戻している。うーん、やっぱりジョンはこうでなくちゃあねえ。それにしてもあの上着は暑そうだ。会場内は聴衆の熱気で温度が一気に上がり、冷房はとっくに効かなくなっている。半袖や袖なしの私たちでさえ汗みどろなのに、彼はライトを浴びてるのだから、死ぬほど暑いはずだ。脱がないのかなあ。
興奮のうちに本編が終わった。
アンコールの順番は何も覚えていない。ジョンが"JAILBREAK" と言ったとたんに切れていて、まわりがいきなり固まってシーンとしてしまっているのに、ひとりで狂ったように騒いでいたのが唯一鮮明な記憶だ。しかし、今の若いBON JOVIファンってTHIN LIZZYとか聴かないのかしらねえ。でもまあ、きょうの"JAILBREAK" は、レゲエでもないサルサでもない、ちょっと変わったアレンジで、最初のころ、この私ですらノリにくかったのだから、無理もないのかも。中間部以降のツインギターのハモリ(なんとジョンがスコットの代わりなの〜)のあたりからオリジナルに近くなっていったんだけど。
ジョンは黒の半袖Tシャツに着替えている。やっぱりこのほうがかっこいい! ぴったりしたジーンズの下半身は、昔より太股がひきしまってすっきりしている。よく見ると、さっきまでギタリストもライダージャケットを脱いで、黒の半袖Tシャツになっており、メンバー全員が黒ずくめに統一していることに気がついた。なるほどBLACK DOGSね(^.^)。
昔話から始まった"WANTED DEAD OR ALIVE"では、ギターの人がソロを弾くたびに「ちがう〜、リッチーの音じゃない〜」と心の中で叫んでしまうし、コーラスをつけるところでも「ちがう〜。リッチーはそんなふうには歌わない〜」と思ってしまったのだけれど、それでもやっぱり一緒に歌ってしまうところがファンのいじらしさ。
このあたりだったか、ジョンがひとりでギターを弾きながらSOUTHSIDE JOHNNYの曲をやったんだけど、そのとき「この曲を盗んで"NEVER SAY GOODBYE"を作ったんだ」と紹介してたのにはびっくり。みんなとっくに知ってた? でも、そういうことを堂々と言っちゃうところに、彼の自信がよく見えた。実際、言われて聴けば似ているけど、パクったというよりはインスパイアされたというのにふさわしい似方だったし。
さて、事件は"IT'S JUST ME"で表面化した。その前あたりから、笑顔がなくなり、むずかしい顔でステージ袖に視線を飛ばしていたジョンだったのだが、この曲のイントロではもうモロにチェック体勢に入っていて、イントロの音を聴きながらマイクを通じてヒューに「どう? 大丈夫?」とか聞くありさま。ヒューが苦笑いしながら首を振る。確かに音は最低に近い。ジョンのマイクもきちんと音が通っていない。
曲が始まって2小節くらい進んだところで、ジョンがドラマーのほうを向いて両手を広げ、演奏をストップさせた。シーンとした客席に、ジョンが「俺はまだ家には帰りたくないんだ。でも2分くらい時間がほしい」と呼びかけた。「5分したら戻ってくるから待っててくれ」と言い捨てると、メンバーを促し、肩を怒らせてステージ袖に引っ込んでいった。
かなり怒っていたと思う。確かに今までBON JOVIのライブは何回も見てきたし、そのほとんどが東京ドームのように音響最悪の会場であったにも関わらず、きょうみたいにバランスの悪い音は経験したことがなかった。たとえ悪くても、少しずつPAが調整してなんとかしていたものだ。
きょうだって、始まったときに比べればけっこうよくなってはいたと思うのだが、それでもジョンが求めるラインには遥かに及ばなかったのだろう。
私の隣りには、多分BON JOVIのライブは見たことがないだろうと思われる若い女性たちがいたのだが、一体なにが起こったのかわからず、呆然としていた。「なんて言ってたのかわかんないけど、どうしちゃったんだろうねえ」なんて話している。
思わず「彼はね、私たちに最高のものを聴かせたいと思ってるのよ。だから、適当なところで妥協したりせず、こんな時間になってもまだ闘っているのよ」と言いそうになった。そんなジョンだから、私は今までもこれからもずっと支持し続けるのだということも。
やがて登場したジョンはまだかなり怒っていた。ギタースタッフがジョンのギターを持ってあとを追ってきたのに、そっちを見ようともしない。さっきはギターを弾きながら歌う体勢でいたのだが、今度はマイクスタンドからマイクをとりはずし、それをしっかり握りしめて、ステージ前方に出てくると、客席に向かって膝まづき、祈るようにして歌い出した。当然彼の視線と差し出す手の方向にいた女性たちからは悲鳴があがる。その悲鳴をエネルギーとして吸収しながらジョンはどんどん立ち直っていく。このあたりの集中力はほんとに凄い。舞台裏できっと思いきりスタッフを怒鳴りつけ、エキサイトして、その怒りがおさまらないうちにステージに戻らなくてはならなかったのだと思う。ふつうの人間だったら歌に気持ちを引き戻すことなんて出来ないはずだ。でも、彼はそれをしてのけた。しかも、ファンに対して実にフェアで喜ばせる形でだ。ああ、なんて凄い人なんだろう。胸の底が熱くなる。
途中でようやくギターを受け取り、そのあとは何事もなかったようににぎやかなパーティソング"SLEEP WHEN I'M DEAD" へとなだれこんだ。これはもうBON JOVIのライブでもおなじみのジャンプと手拍子バシバシの曲だから、盛り上がらないわけがない。熱狂しきった客席に、機嫌よくメンバー全員で手をとりあい、お辞儀をして去っていった。
2度目のアンコールはカヴァー2曲。ほとんどの人は知らない曲のはずだが、「ヘイヘイヘイ」と掛け声をかける部分ではジョンの振りに合わせてみんないっせいに両腕を交互に振り上げる。パーッとライトで明るくなった会場は、ぎっしりの2階席の人まですべてが両腕を振り上げ、声を出していた。こんな光景、さめた観客の多い東京でのコンサートではめったにお目にかかれない。ジョンの力を改めて思い知った瞬間だった。
最後の曲はビデオクリップでもおなじみの"ROCKIN' OVER THE WORLD"で、思いきり一緒に歌い、途中客席だけに歌わせたりして終わった。約2時間15分のライブだった。
会場を出ると、放心したように道端に座り込んでいるファンの姿が目立った。ふだんのコンサートではめったに見られないような風景だった。門を出てもまだ、帰るに帰る気になれないでお堀端に座り込んでいる人たちが多かった。気持ちは痛いほどわかった。
ジョンは素敵だったし、彼の音楽やファンに対する真摯な態度にも心を打たれた。きょうのライブを見ることができて、ほんとうに幸運だったと思う。
でも、その一方で、やっぱりBON JOVIのライブが見たい! ジョンがリッチーと並んで歌っている姿を見たい! ティコが後ろでどっしりとバンドを支え、デヴィッドが楽しそうにキーボードを弾き、そんな中でジョンが安心して歌に専念し、ファンの心を思いのままに操るさまを見たい、そんな渇望で心がうずくようだった。