WALKING ON A HILL OF HEATH


PART 2

本では、こういうふうに何もない丘を歩く、なんてことをしたことがないものだから、最初はおっかなびっくり。草が生えているところに踏み込んでいいものかどうかもわからなくて、初めのうちはちゃんと草が刈られて道になっているところを選んで歩く。

「わぁ〜っ!」

いきなり、眼下に素晴らしい景色が広がるところに出てしまった。なにもかも忘れて草むらの中にざわざわと分け行って、眺めに見とれてしまう。坂を登ってきて、少し汗ばんだ体に風が心地よく当たる。足下には紫色の花をつけたヒースのほかに、名もない雑草のような草までも小さな白や黄色や淡いピンクの花を咲かせ、短い夏を必死に生きているようだ。

「そこはいい眺めだろう?」

通り過ぎた老紳士が自然な感じで声をかけてくれた。ほんとはここは彼のお気に入りの場所だったのかも。


もう少し奥まで行ってみようっと。

道はあるようでないけれど、とりあえず樹がいっぱい茂っている方向に進む。かんかん照りだというのに、日陰もない草原で大の字になって寝ている女の子がいる。そばには同じように横になった自転車。気持ちよさそうだけれど、日射病になったりしないかしら?


平日の昼間だというのに、歩いている人はけっこう多く、みんな勝手知ったるという感じに、道なき道をすたすたと歩いていく。どうせ予定もないんだし、時間もたっぷりあるんだから、と私も地図もないのに足の向くまま気の向くまま。

道は次第に鬱蒼と茂る森の中に入っていった。

森の中はかなり薄暗い。さっきまでの暑さはどこへやら、すっ〜っと涼しくなってくる。人がまったくいないのも怖いけど、誰かの足音がうしろから聞こえてくるのもこれまた怖い。

ひとりの男性が足早に近づいてきた。思わず緊張して身構えたが、彼が聞いてきたのは

「タバコの火を持ってませんか?」

こちらは異国の地で、しかも人気のない森の中という非日常的な空間の中にいるつもりだったのに、向こうは毎日来ている散歩道での日常的なできごとだったわけね。


鳥の声を聞きながら森を通り抜けると、煉瓦でできた橋があって、その下は沼になっている。沼にそって、丘を降りていった。

さっきまでとはうってかわって牧歌的な風景が広がる。

草むらにシートを敷いてピクニックをする人、沼で釣りをする人、犬の散歩をさせている人、なんの目的もなくぼーっとしてる人など、平日の昼間だというのに、かなり大勢の人たちがいるのにびっくり。

ほんとうはそのまままっすぐに行きたかったが、帰り道がわからなくなりそうだったので、仕方なく元来た道を引き返した。


途中ですれ違ったサラリーマンらしきふたり連れが、すれ違うときに話しているのが聞こえた。

「この頃夜眠れないんだよ」
「医者には行ってるの?」

こんなにすてきな所に住んでいて、昼休みには自然の中で散歩できて、ストレスなんてまったくなさそうなのに、やっぱり人間ってどうしても悩みがつきない存在なんだなあ。


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