第22回講演会(平成7年12月9日)講演要旨

北海道に自生するカラフトモメンヅルとモメンヅル

松井 洋


1.はじめに

 マメ科ゲンゲ属のカラフトモメンヅルの北海道の分布は、上川支庁中川町と網走支庁湧別町芭露で採集した報告がある(村田:1984)。筆者らがカラフトモメンヅルを初めて採集したのは、網走支庁遠軽町野上橋の湧別川右岸の河原である(松井、林:1991)。レッドデータブック(絶滅危惧植物リスト)によると、この植物は絶滅の危険がある危急種にリストされていることから、以来北海道の分布に関心を持ち調査を継続してきた。さらに、同属のモメンヅルを観察することができたので、両種の形態的特徴を比較し、その生育状況と分布について報告するものである。

2.調査の経緯

 カラフトモメンヅルとモメンヅルは、元京都大学村田 源氏に、それぞれ1990年7月と1993年12月に同定を受けた。これまでの調査の経緯は以下の通りである。

1988年8月9日遠軽町で採集のカラフトモメンヅルの押し葉標本を見る
1989年8月6日網走支庁遠軽町野上橋の湧別川右岸
カラフトモメンヅルの結実期を採集
1990年6月17日上記で、カラフトモメンヅルの開花期を採集
1991年8月3日十勝支庁音更町駒場橋の音更川左岸
カラフトモメンヅルの生育を確認
1992年8月5日十勝支庁士幌町西上橋の音更川右岸
カラフトモメンヅルの生育を確認
1993年7月2日上川支庁名寄市名寄大橋〜恵名大橋の天塩川右岸
カラフトモメンヅルの生育を確認
7月11日胆振支庁穂別町八幡の八幡覆道の上
吉野博吉氏の案内で、モメンヅルの生育を確認
1994年7月3日網走支庁北見市美里クトンニコロ沢の国有林林道
松木恒男氏の案内で、カラフトモメンヅルの観察
   7月9日上川支庁名寄市名寄大橋、有利里樋門の下流左岸
モメンヅルの生育を確認(カラフトモメンヅルと混生している)
1995年4月29日
〜10月22日
上記混生地を中心とする、天塩川流域の河原植物の調査(現地調査11回、この研究は
文部省の平成7年度科学研究費補助金、奨励研究B−課題番号07917002−として
報告するものである)
10月1日空知支庁砂川市富平の空知川左岸道川冨美子氏の情報に基づき、モメンヅルの観察
(1985年7月、赤平市豊橋の空知川左岸でモメンヅルの写真を撮っていた)カラフトモメ
ンヅルの遠軽町付近の湧別川流域、音更町付近の音更川流域、名寄市付近の天塩川
流域での自生地確認は新産地である。
3.カラフトモメンヅルとモメンヅルの特徴と分布

 カラフトモメンヅルとモメンヅルの形態的特徴は、図1.と図2.の通りである。表1.はその両種の比較表である。図3.は両種の北海道での分布図であり、図4.はモメンヅルの全国分布図である(奥山:1983)。次に両種の要点をまとめたのが、以下の通りである。


□ カラフトモメンヅル(樺太木綿蔓)−宮部&三宅(新称:1915)

マメ科ゲンゲ属
[学名]Astragalus schelichovii Turczaninow (1840)
(アストラガルス・スケリコフィイ・ツルツァニノフ)
[syn.]A. paraglycyphyllos Boissieu
(アストラガルス・パラグリキィフィルロス・ボワシェ)
A. kamtschaticus (Kom.) Gontscharov [註] Goncharovとも記す.
(アストラガルス・カムチヤッカティクス・ゴンチャロフ)
[分布] * 下線部は筆者が確認した自生地である。
ロシア(東シベリア、オホーツク海沿岸地方、アムール、カムチャツカ、サハリン)、中国東北部、朝鮮北部及び日本.
本州−栃木県日光中禅寺湖畔千手ヶ浜.
北海道−名寄市・中川町(天塩川)、幌加内町(朱鞠内湖畔)、遠軽町・上湧別町(湧別川)、湧別町芭露、北見市美里(クトンニコロ沢)、津別町上里(津別川)、網走市呼人、常呂町栄浦、端野町(オホーツクの森、スキー場)、音更町・士幌町(音更川).
[生育環境]砂礫地〜礫地の河原.崩壊状の林道.
[花期]5−7月
[ノート]北海道と本州(栃木県)に飛び石している種で、隔離分布をしている。
北見産は国有林の林道に生育し、湧別産、音更産、名寄産の河原に生育するのと比較して、草丈・花・莢果・萼筒の歯裂は大型である。
レッドデーターブックによると、中禅寺湖畔ではキャンプ場のボート置場になった時絶滅したという。

□ モメンヅル(木綿蔓)、ヤワラグサ(柔草)

マメ科ゲンゲ属
[学名]Astragalus reflexistipulus Miquel (1867)
(アストラガルス・レフレクシスティプルス・ミケル)
[syn.]A.glycyphyllos L. var. reflexistipulus (Miq.) Makino
(グリキィフィルロスの変種)
[分布]本州.
北海道−名寄市(天塩川)、幌加内町(朱鞠内湖畔)、砂川市、赤平市(空知川)、大樹町(歴舟川)、豊頃町大津(十勝川)、穂別町(八幡覆道)、札幌市(豊平川)、当別町(当別川)、江別市(野幌森林公園).
[生育環境]砂礫地の河原.覆道上の砂地.
[花期]6月下旬−7月
[ノート]日本固有種である。札幌市の豊平川河原については、絶滅した可能性が高い(舘脇:1930)。
カラフトモメンヅルの萼筒には黒毛、莢には白毛と黒毛が密生するが、モメンヅルの萼筒と莢には伏した白毛のみが密生し、莢果は曲がった線形となるなどの差異で区別できる。

表1.カラフトモメンヅルとモメンヅルとの比較表(松井,1994.改)

種  名カラフトモメンヅル(湧別産)モメンヅル(穂別産)
生育環境河原の砂礫地〜礫地覆道上の砂地
株の幅は大きいもので60cmくらい草丈
(30)−40−(55)cm
株の幅は円形状で3m20cmと大きい草丈
平均30cm−(50),(60)cm
若い個体は直根系で良く発達している
親株は側根が伸び深く横に広がる
生長期の個体は直根系で深い
茎の太さは1-2mmで中は中空である
伏した白毛が密生する
茎は3mmと太く、中は中空
外側の茎の長いもので、1m60cmあり地表面
をはう白毛が密生す
奇数羽状複葉6−11対の小葉
小葉の先端はわずかに凹む、裏に白毛
葉柄に白毛
奇数羽状複葉 7−8対の小葉と少ない
小葉の先端はわずかに尖る、裏に白毛
葉柄に白毛
托  葉長さ4-5mm,幅2-3mm、黒い細毛長さ8mm,幅3mmと長く、白毛を密生
淡黄色
20−25個花柄に白毛
黄色 (10)−11−(13)個と少ない
花柄に白毛
萼  筒萼片の歯列1mmと短い
黒毛が圧着
萼片の歯列3-4mmと長い、黄色
白毛密生する
莢  実莢の長さ14-17mm、幅3mm
8月に黒熟し、白毛と黒毛が圧着
莢の長さ(20)−35−(40)cm、幅2mmと
スマート
7月上旬緑色、白毛を密生
種  子種子数 7-8個、褐色
長さ2mm、幅1mmの楕円形
種子数 (9)−13−(14)個と多い、緑色
長さ2mm、幅2mmとほぼ円形に近い

4.群落調査と考察

 表2.は遠軽町野上橋付近の湧別川で、カラフトモメンヅルを主とした群落調査である(Aug.6.1989)。表3.は名寄市名寄大橋の天塩川で、カラフトモメンヅルを主とした群落調査である。表4.は名寄市名寄大橋の有利里樋門の下流左岸で、カラフトモメンヅルとモメンヅルを主とした群落調査である。
 このゲンゲ属2種は日当たりのいい砂礫地〜礫地の河原や崩壊状の林道などに自生し、低木状のエゾヤナギ、エゾノキヌヤナギ、オノエヤナギとも隣接しているが、むしろ稀であり、これらは裸地状に適応した植物といえる。
 この砂礫地の河原では、在来種はオオヨモギ、オオイタドリ、コケ、コウゾリナ、スギナ、ビロードスゲ、メドハギ、クサフジ、アキタブキ、ツルヨシ、ウシノケグサ、カワラハハコ、シロザ、ススキ、アオスゲ、ヒルガオ、ヒヨドリバナ、クサヨシ、ケショウヤナギなどが生育している。
 河原の生育環境と異なる国有林内の林道では、植樹したトドマツ、タラノキと林床のクマイザサの周辺までカラフトモメンヅルが侵入していた。
 帰化種はメマツヨイグサ、ヒメスイバ、ブタナ、ヘラオオバコ、シロツメクサ、カモガヤ、コヌカグサ、ムラサキツメクサ、ナガハグサ、ノハラナデシコ、フランスギク、オオアワガエリ、ヒメジョオン、セイヨウタンポポ、エゾノミツモトソウ、ヤネタビラコ、カラフトホソバハコベ、オオヘビイチゴ、ネズミムギなどが生育している。40枠のコドラートでの帰化率は約50%を占め、河原群落の帰化率が平均30%といわれているので植生としてはかなり高い帰化率である。
 モメンヅルの生育している被植率は平均95%で、カラフトモメンヅルの85%よりやや高く、モメンヅルの生育地はやや安定した雑草群落であると見てよいと思う。
 カラフトモメンヅルはレッドデーターブックによると、北海道は絶滅の危機が増大している危急種にランクされている。モメンヅルはレッドデーターブックにはランクされていないが、北海道での生育地をみると極限的に分布しているので、稀少種と考えられる。
 筆者らの観察によると、特にカラフトモメンヅルは裸地や崩壊地に一時的に侵入して繁茂するが数年後に移動消失する。したがって、生育地のみの保全では保護対策としては不十分であり、その近隣地はもちろん、分布水系流域の護岸、築堤工事には充分な注意を払った保護対策が必要である。

表2.カラフトモメンヅルを主とするコドラート(10枠,湧別川右岸)Aug.6.1989(松井・林,1991)

(*帰化種)
 SDR(%)  SDR(%)
カラフトモメンヅル83 イタドリ11
オオヨモギ 80 コゴメハギ*10
メマツヨイグサ* 71 ツルヨシ10
ムシトリナデシコ*34 エゾノミツモトソウ*8
ムラサキツメクサ*30 ヒメスイバ*7
ナガハグサ*29 ウシノケグサ6
コウゾリナ27 カワラハハコ6
ヤネタビラコ*16 スギナ4
クサフジ12 シロザ4
                      計18種   帰化植物 8種   帰化率44.4%


表3.カラフトモメンヅルを主とするコドラート(10枠,天塩川右岸)Aug.26.1995,松井・林

(*帰化種)
 常在度  常在度
カラフトモメンヅルX コヌカグサ*U
コケX スギナU
ブタナ*X オオヨモギU
ナガハグサ*X エゾヤナギT
ヒメスイバ*X オノエヤナギT
メマツヨイグサ*X ツルヨシT
ビロードスゲW ハルザキヤマガラシ*T
ヘラオオバコ*V オニツルウメモドキT
ムラサキツメクサ*V コウゾリナT
シロツメクサ*V オオイタドリT
カモガヤ*V ヌマイチゴツナギT
オオアワダチソウ*V スゲ属T
ヒメジョオン*V   
                      計25種   帰化植物12種   帰化率48.0%

表4.モメンヅルとカラフトモメンヅルが自生するコドラート
(30枠,天塩川有利里樋門左岸.July22-23,1995,松井・五十嵐)

(*帰化種)
 常在度  常在度
ブタナ*X ビロードスゲT
ヒメスイバ*X オオヘビイチゴ*T
ムラサキツメクサ*X ヒメジョオン*T
コヌカグサ*X コゴメバオトギリソウ*T
ヘラオオバコ*X ヘラバヒメジョオン*T
コケW セイヨウタンポポ*T
カモガヤ*W オオイタドリT
ノハラナデシコ*W カラフトホソバハコベ*T
シロツメクサ*V ハルザキヤマガラシ*T
オオヨモギV ヒルガオT
ナガハグサ*V ススキT
メマツヨイグサ*V アラゲハンゴンソウ*T
モメンヅルU スギナT
カラフトモメンヅルU アキタブキT
フランスギク*U クサヨシT
メドハギU ネズミムギ*T
オオアワガエリ*U エゾヤナギT
オオアワダチソウ*U エゾノキヌヤナギT
オニツルウメモドキT アオスゲT
エゾノバッコヤナギT ヒヨドリバナT
クサフジT タチオランダゲンゲ*T
                      計42種   帰化植物23種   帰化率54.8%

参考文献

Gontscharov N.F.1946.Astragalus 1. in:V.L.Komarov(ed.),Flora URSS 12:436-437
伊藤浩司,日野間彰,中井秀樹(編),1994.北海道高等植物目録3離弁花類p.252.たくぎん総合研究所,札幌.
服部 保,1988.河川の雑草:日本の植生.矢野悟道編 54-61.東海大学出版会.
北網圏北見文化センター(編),1994.北網圏北見文化センター博物館部門収蔵資料目録第1集,植物資料目録(離弁花類)p.67.
松井 洋,1994.穂別町八幡のマメ科植物ゲンゲ属(Astragalus)について.北方山草12:9-14.
松井 洋,林 廣志,1991.湧別川に生育するカラフトモメンヅルの分布状況と形態的特徴について.知床博物館研究報告13:13-20.
松井 洋,林 廣志,1994.北海道に生育するカラフトモメンヅルについて.北方山草12:15-23.
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宮部金吾・三宅 勉,1915.樺太植物誌p.105.樺太廰.
村田 源,1984.植物分類雑記15.74.カラフトモメンヅル,植物分類地理35:34-36.
村田 源,1993.植物の進化と環境,山梨植物研究6:9-16.
我が国における保護上重要な植物種及び群落に関する研究委員会植物種分科会(編)1989.我が国における保護上重要な植物種の現状pp.202,258,267.日本自然保護協会,世界自然保護基金日本委員会.

ボタニカ12号

北海道植物友の会