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高井宏子作品集

1979-1993


透明な世界を旅して

高井宏子

近所に小さい寺があった。子供たちのいつもの遊び場だった。寺の庭にわりと大きな 池があり、春先、黄色や紫のアヤメの花の間のオタマジャクシをどろんこになってとった。 春にはまだ早い日、池の向こう側のがけに真っ赤な寒椿が見事だった。私はどうしても その椿がほしくなり、どうやって池の向こうに行こうかと一瞬考えていた。最短距離を 目測し水面に目をやった時、がけの寒椿が水面にうつっていた。何処かでほんのすこしの風 で水面が動き、映った椿がゆれた。本物の椿を取る気はなくなっていた。水に映った 椿をずっと坐り込んで見ていた。 昭和二十五、六年頃世の中も大分落ちついて来たがまだまだ物資は少かった。学校も二部・ 三部授業をしていて時々DDTをかけられていた時代である。

本格的に先生について絵の勉強が始まった。油絵の具そのものは不透明である。何とも鼻 について辟易していた。大学へ入って、日本画を学び、岩絵の具を使い出した。 ニカワでといて何度も重ねる。どこかいつも焦点が合わなかった。その後、染めをやったり、 シルクをやったがやっぱり最後、焦点がずれていた。どこか違うと思っていた。

或る日タンスの奥から夜店で売っているような安物の七宝のブローチが出て来た。初め 何とも思わず「何でこんな物がこんな所に」と又々捨てようとしたが何気なく表面をキュッ キュッとふいてみた。一瞬心臓がドキン とした。「これだ!!」と直感した。 「これで絵が描きたい」と思った。この透明な釉薬を使って絵を描こうと思った瞬間、頭の 中に透明な色が何色も重なりグルグルと廻り始めしばらくして自分の求めていた焦点の 所でピタリと止った。

私はよくイタリアに行く。教科書や画集では何の感情もなく見ていた作品群である。 しかし初めて本物のラファエロ、ミケラジェロの作品の前に立った時、地の底からものすごい 大音響が響き、心臓はものすごい早さで鼓動を打ち始め、自分がそこに直立してられるのが 不思議だった。

元来私は仕事は慎重でスタートは遅いがある程度の見通しがつけば一気にいくタイプではある。 ただ時々のバランスがくずれてモタモタ坐り込んでしまう。そんな時、本当にいい連中が一生 懸命応援してくれる。「損した」「得した」という会話の多い世の中で私には彼等が大いなる 財産である。作品が上手く上るに越た事はないが、たった一枚の作品を通してその向こう側の 人とつながっているのである。

私はいい人生を歩むと思う。必ず歩くに違いないと思っている。何故なら私の財産はしっかり と確実にふえつづけているから。

(透明な世界を旅してより抜粋)
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