京都国立博物館
平等院
三十三間堂
東寺<教王護国寺>
広隆寺
法金剛院
仁和寺
六波羅密寺
永観堂

京都国立博物館

平等院(探訪日:1995/11/23)

三十三間堂(1995/11/24)
京都市七条通りに面し、京都国立博物館の前にある三十三間堂は平安時代後期(1164)に、後白河上皇が千一体の観音を安置する為の仏堂を建立した。柱の間が三十三あるため三十三間堂と呼ばれる。この三十三間堂には中央に3m程の大きな千手観音を中心に左右に五百体ずつのほぼ等身大の千手観音が整然と並べられている。その数には本当に圧倒される。千一体の千手観音の前には二十八部衆が横一列に並べられている。二十八部衆の動きのある像が整然と静かに合掌してたたずむ千手観音を引き立たせている。二十八部衆の更に外側には雷神、風神像が配置されている。向かって右端には雷神があり、その髪は後ろになびき、かっと口を開けて下界を見下ろしている。鎌倉時代の彫刻。反対側の左端にはその相棒の風神は細長い袋を背負い、同じく口を開けて下界を見下ろしている。

東寺<教王護国寺>(1995/11/24, 1998/2/25)


広隆寺(1995/11/24)
太秦にあるこの寺は西暦603年に建立され、聖徳太子建立の日本七大寺の1つである。 霊宝殿という建物に入ると、さまざまな仏像がずらっと博物館のように展示されている。まず、十二神将が並びそれを順に見て行くうちに、目当ての弥勒菩薩半跏思惟像が丸い照明を当てられていた。片足をおろし、その足の上にもう片方の足を組み、ほっそりした中指と親指をそっと付け、細い右手を頬の近くまで上げ、ややうつむき加減のその顔はとても穏やか静かで美しい。

法金剛院(1995/11/24)
花園駅のそばにあり、蓮の寺とも呼ばれるこの寺は平安時代の始め(830)右大臣清原夏野が山荘を建て、死後、寺となった。庭には池があり、木や花が植えられている。 本尊は阿弥陀如来で光背には天女が踊っている彫刻が施されている。その横には厨子に入った四手の十一面観音がいる。厨子の扉には鮮やかな色で十二天が描かれている。

仁和寺(1995/11/24)
奇麗な庭園があった。中門に持国天と多聞天、金堂にははるか遠くに阿弥陀如来がいた。

六波羅密寺(1998/2/24)
空也像がある。顔をやや上向きにあげ、わずかに開いた口から六体の小さな弥陀の像が出ている、教科書の写真で見た事のある像だ。
唱えた念仏は次々と小さな弥陀と変換され、虚空へと吐き出されて行く。


永観堂(1998/2/24)
首を左に曲げ、後ろを見返る、見返り阿弥陀がいる。


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