第21話 ノジコ
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津軽の鳥の中で、どうしても撮影しておきたかった鳥を一種挙げるとすれば、僕にとってはノジコがそれに当たるだろう。青森県は、本邦におけるこの鳥の北限の繁殖地。夏鳥の多くが津軽海峡を渡る中で、この鳥は何故か海を越えない。日本に渡ってくるまでの間に幾つもの海峡を越えただろうに、どうして津軽海峡だけが越えられないのか、いつも不思議に思っていた。 高校教諭のN先生から、ある秋、ノジコが沢山いる谷を教えてもらった。もちろん、その時期には南方に渡ってしまって見ることができないから、翌シーズンまで心の一角にその情報を大事にしまいこんでいた。 長い冬を越え、怒涛のような春が行くと、短い北国の夏が始まる。僕は、N先生から教えてもらった谷に通い始めた。 信州あたりではどうなのか知らないが、津軽のノジコは大抵針葉樹と広葉樹の混交林の林縁にいる。細い金属質の囀りにはこれといった特徴がないが、かえってそれが他のホオジロ類と聞き分けるポイントになる。よく似た種類のアオジが誰かに殴られたような黒いマスクを顔に被っているのと比べ、ノジコは白いアイラインで何とも言えぬ清楚な顔立ち(アオジには大変申し訳ないが正直な感想)。伸び始めたイタドリをソングポストにする鳥を見つけ、6月の雨の日、僕はようやく念願の一枚を手に入れた。 青森で暮らしている頃、自然関連のニュースで気になったのは、鳥や動物たちの北上だった。関西では普通に見かけるコカマキリが初めて県内で見つかったとか、サンコウチョウが見られるようになったとか、田んぼのシラサギだってしょっちゅう目にするようになった。鳥や花や虫に親しんでいる人たちは、生き物たちがどんどん北上していることにとっくに気づいているだろう。地球の温暖化はテレビや新聞の中の出来事ではなくて、目の前で現実に起きている。ノジコたちが津軽海峡を越えるのは時間の問題だろうし、僕が知らないだけで、とっくに北海道まで渡っているのかも知れない。 海峡を越えられる生き物はまだ幸せだ。北へ北へと進めばいい。一番北の端の生き物たちはどうなるのか。海を越えられない獣たちや、飛ぶ力の足りない鳥たちはどうなるか。カケスはミヤマカケスのもとに辿り着けるだろうか。ニホンカモシカは泳いで海峡を渡ることができるだろうか。ホッキョクグマはどこに進めばいいのだろうか。 ちょっと変かも知れないが、最近、こんなことばかり考えている。 |
(2004/6/28) |