第18話 シマアオジ
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ただいま2004年6月6日19時40分。オホーツクの海に日は沈み、さっきまで赤く照らされていた雲が鉛色に変わりつつある。聞こえるのは寄せる波の音とエゾセンニュウの「トッピンカケタカ」(彼は一晩中眠らない)、それからうるさく飛ぶ蚊の羽音。 勤続15年の節目に会社がくれたしばしの休暇、なかなか再訪を果たせずにいたこの場所に、6年ぶりにやって来た。世の中に会いたい鳥は沢山いるけれど、どうしても今、会っておきたい鳥がいた。シマアオジ。夏鳥として北海道に渡り来るこの鳥は、急速に数を減らし続けている。もう一度その姿をこの目に、その声をこの耳に、焼き付けておきたかった。 僕が初めて北海道を訪ねたのは20歳の夏。大学の生物研究会の合宿だった。道内周遊券を握り締め、テントを担ぎ、男ばかり4人で旅した2週間。鳥も花も虫も、見るもの聞くもの何もかも皆珍しかった。海岸沿いの湿地や草地はどこも小鳥たちの囀りで溢れていて、中でも一際澄んだ声の持ち主がシマアオジだった。野鳥観察を始めたばかりの我々にさえ簡単に見つけられるほど、当時、シマアオジはありふれた鳥だった。 なぜこの鳥が減っているのか。越冬地で食用にされているという記事をどこかで読んだことがあるが、詳しいことはよく知らない。大学を卒業してからも何度か夏の北海道を旅したが、いつの間にかこの鳥には、それを目的にしなければ会うことができなくなっていた。彼らがこの土地から消えつつあることだけは確からしかった。 6年ぶりのオホーツク海。囀りを聞いただけですぐに分かった。海岸沿いの砂地を埋め尽くすセンダイハギの黄に、負けず劣らずの鮮やかな黄。シマアオジは、いてくれた。オオジュリンが、コヨシキリが、ノゴマが、シマセンニュウが、どんなに賑やかに囀っても、シマアオジの囀りは埋もれない。昔と変わらぬ澄み渡る歌。ただ、その声は一箇所からしか聞こえなかった。彼の声だけ。彼一羽だけ。数年前には数番いが繁殖したという、この場所でさえ。 仲間の到着が遅れているならそれでいい。ただ、他の鳥たちが勢ぞろいしている中、シマアオジの到着だけが遅れることなどあるのだろうか。 頭の黒いオオジュリンが、あちらこちらで縄張り争いを繰り広げている。そのうち、雌を巡って争うのだろう。目の前で囀るシマアオジには喧嘩する相手さえいやしない。どんなに囀ってもパートナーは現れない。 20時50分、周囲は暗黒の闇。星の数が少ないのは、雲が少し出ているからかも知れない。明日の朝、もう一度彼に会いに行く。彼の歌声を聴きに行く。決して忘れることがないように。 |
(2004/6/6) |