視線(キタキツネ)

 「Iさん、ストーップ。キツネ、キツネ!」

 昨年の年末から今年の年始にかけて鳥仲間の先輩の車を東京からフェリーに乗せ、北海道へ出掛けた。先輩の常宿、霧多布の「えとぴりか村」に5連泊して道東をうろついたあと、魔の日勝峠を越えて苫小牧に抜ける予定だ。
 
 フェリーから見た釧路には12月末というのに殆ど雪がなかった。雪の北海道を期待してこの季節、初めて出掛けた僕にとって、これほど恨めしいことはなかった。「道東はもともと雪が少ないからなあ、こんなもんちゃう?」「そうですか、まあ、そのうち降りますよね。一週間も滞在して降らなかったら北海道の名折れですよ・・・」等、よく分からない愚痴をこぼしながら釧路に上陸。「去年は道が凍ってて苦労したけど、今年は楽勝やな。せっかくスタッドレス新しいのにしたのにもったいなかったな」先輩の言葉どおり黒々とした道が真っ直ぐ続いていた。道の脇にはずいぶん前に降ったのだろうか、すすけた雪の小さな固まりが所々転がっていた。

 その後の数日間も期待した雪は全く降る気配がなかったが、鳥や獣達は次から次へと現れてくれた。これが北海道のいいところだ。タンチョウ、オオワシ、エゾシカ、ゴマフアザラシ・・・本州ではまずお目にかかれない動物達が続々と登場する。

 冒頭のキツネも人里近くで堂々と暮らしていた。彼を車の中から見ているとこちらの様子を伺いながら近寄ってきた。車から降りると林の中に入ってしまったが、こちらが気になるのだろうか、木の影からじっと見つめている。幸せな時間、幸せな年末。やはり来て良かったのだ。雪が降らない、と沈んでいた気持ちが嘘のように切り替わる。自分の単純さに少々呆れつつも、ワクワクする気持ちはどうにも抑えようがなかった。
                                (紀の国 1993.12)
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