オオハクチョウ


 昨秋のある朝、出勤途上、バス停までの道のりを歩いていると、空から大きな声が聞こえてきた。「コー、コー、コー・・・」オオハクチョウの家族が4羽、大きな翼を羽ばたかせながら、頭上を通過していくところだった。前を歩いていた小学生たちもそれに気づき、「ハクチョウ!ハクチョウ!」と大興奮。一人が、後を追いかけ走り出すと、二人、三人とつられて走り始めた。ハクチョウの家族は、住宅街をあっという間に通り過ぎ、バス通りを越え、北西の方角に消えた。きっと、街外れの田んぼに向かったに違いない。
 出社すると、上司がニコニコしながら、今朝一番の大発見を披露していた。「今日、来る途中でさあ、ハクチョウが飛んでたよ。でっかいんだよね、あれ。びっくりしちゃった・・・」同じハクチョウかどうかは分からないが、偶然の一致に思わず口元がほころぶ。「僕も見ました。すごいですよね。街のど真ん中をハクチョウが飛んでるんですから」「うちの隣の川にもハクチョウ来るんだよ」・・・始業までのひと時、ひとしきりハクチョウ話に花が咲いた。

 10月に入ると、青森でも刈り入れの終わった田んぼにオオハクチョウがやってくる。落穂や二番穂を拾いながら晩秋の一時期を過ごす。そして12月も中旬を過ぎ、雪が田んぼを覆い尽くすと、ハクチョウは皆、河口や海岸に移動する。そんな場所では、子供達の情操教育の一環として、餌付けをしていることが多い。ハクチョウやカモ達で、水面は冬の間中、賑わいを見せる。そんな給餌場に、僕も何度か通った。

 年が明け、雪が続いたある日、こんな日はハクチョウたちも餌をもらっていないんじゃないかと思い、覗いてみた。現地に到着すると、吹雪の彼方にボンヤリと鳥影と人影。(はあー、こんな日でも来てるんや!)予想に反し、続々と人々はやって来た。家族連れ、若いカップル、中年夫婦・・・。皆、上着のフードをかぶり、手に手に餌を持っている。若夫婦が小さな子供を連れてやって来た。母親に手を引かれた身長1メートルちょっとの女の子が、翼を広げると2メートル25センチもある巨大な鳥に餌をやろうとしている。子供は腰が引けて半べそ、手を添える母親も真剣な顔だ。かたやオオハクチョウは餌にしか興味がない。小さな手袋の指先に掴んだパンの耳めがけ、首を伸ばしてパクリ。びっくりした子供は一瞬手を引っ込めるが、指を噛むわけでないと分かると俄然面白くなるのだろう。だんだん慣れ、母親の手を離れて自分からハクチョウに近づき始めた。
 ハクチョウやカモと同じく、給餌場に遊びに来た人たちの頭や肩にも雪は降り積む。顧みれば、家から一歩出るだけで溜息が洩れるような日々の暮らし。街路樹は除雪された雪に埋もれ、歩道は凍って歩きにくいったらありゃしない。三車線の道路が一・五車線になって、横断歩道もツルツルだ。捨て場所が無いから、街中は雪の小山だらけ。風が吹けば地吹雪で前も見えない。そんな中でも、ハクチョウに餌をやっている時は皆、何だか楽しそうだ。北風とともにやって来るオオハクチョウ、彼らが雪国の人にとって、どれだけ深い慰めになっているだろう。

 「コー、コー・・・」仰ぎ見れば、雪空を行くオオハクチョウ。また今日も、誰かが元気を分けてもらっている。
(2001/2/4)
あとがき