ミサゴ


 ミサゴという、およそタカらしくない名前のタカがいる。河口上空を悠々と舞いながら、上げ潮に乗った魚に狙いをつけ、ダイビング。豪快に水しぶきをあげ、ボラなどを鷲づかみにする。白と黒のツートンカラーは青空によく映え、長い翼はカモメのようでもある。「かっこいい」としか形容のしようがない。他の猛禽類に比べれば、目にする機会が多いだけに、いつか写真が撮れるだろうと思っていたが、なかなかチャンスは巡ってこなかった。
 ある年の冬の終わり、僕は夜明け前から川原にブラインドを張っていた。いつか勝負しなければと思っていた、ヤマセミの撮影のためだ。迷彩色のテントは鳥の警戒心を解く最高の道具で、人の姿を見ただけで飛び去ってしまうヤマセミのような鳥でも、この中に隠れていれば、じっくり観察するチャンスが巡ってくる。案の定、夜が明けるとヤマセミはやってきた(第48話参照)。
 しかし、ブラインドというのは、鳥が来ない時はとても退屈な代物だ。窮屈な姿勢でじっとしているから、腰は痛くなるし肩もこる。川原の石がゴツゴツして、痛くて横にもなれやしない。尿意を催した時は最悪だ。鳥がいつ来るか分からないから、なかなか外に出られない。尿瓶代わりにペットボトルを持ち込むカメラマンもいると聞く。なるほどと思うが、そこまではしたことがない。
 ヤマセミを撮影した日、思わぬハプニングがあった。ブラインドの中で痛む腰をなんとか伸ばそうとクネクネ苦労していると、大きな鳥がフワリと止まった。(ミ、ミ、ミ、ミサゴや!)思いがけない出来事に動揺する。こちらの気持ちが空気に乗って伝わるのか、ミサゴも落ち着かない様子で周りをキョロキョロ見ている。(はやく、はやく・・・)夢中でシャッターを切った。ピントも何もあったもんじゃない。ガシャガシャガシャガシャ・・・フイルムを換え、カメラを換え、とにかく数を打つ。撮るべし、撮るべし、撮るべし・・・ミサゴがこちらを睨んだ。黄金色の眼差しが突き刺さる。魂を抜かれた一瞬、ミサゴは枯れ木を飛び去った。
 思うに任せぬ自然との付き合いの中で、何年かに一度巡ってくる不意の出会い。心のどこかで念じ続けたシーンが目の前で展開された喜び。ブラインドの中で僕は、ヘナヘナとその場に座り込んだ。
(2001/1/28)