コチョウゲンボウ

 昨冬、通い慣れた干拓地に1羽のコチョウゲンボウがやってきた。干拓の一画を縄張りと定めた雌のコチョウゲンボウは、日々、冬枯れの田でスズメやカワラヒワなどの小鳥を狩った。残念ながら、狩りの決定的瞬間を目撃したことはない。ただ、田の真ん中辺りで周囲をキョロキョロ気にしながら、足で押さえつけた小鳥の羽を、鋭く鉤状に曲がった嘴でむしり取る姿は何回か見かけた。犠牲になった小鳥には可哀想だが、引きちぎられた羽毛が風に舞うありさまは、春の風に飛ばされる桜の花びらにも似て、印象的な光景だった。
 お正月休み、思いがけず彼女を撮影するチャンスに恵まれた。やはり、いつもの田んぼの辺りにいた彼女は、たった今食事を終えた様子で、弛緩した表情をしていた。こういう顔を見ると、近づいてみずにはいられない。いつもは車の中から見るだけだが、そっと車を降り、三脚の足を地面ぎりぎりのローアングルにして、500ミリの望遠レンズを据え、中腰でそろそろと接近を試みた。タカの仲間の警戒心は並大抵ではない。こうやって車の外に出ただけで飛び去ってしまうのが普通だ。1枚、2枚撮りながら、距離を詰める。相手がよそ見をした瞬間につつーっと近づくのは、「だるまさんが転んだ」(関西では「坊さんが屁をこいた」)の要領だ。30メートル、20メートル、ここまで来ると、肉眼でも表情が分かる。よほど腹一杯なのか、満足そうな表情だ。時折あくびをしては、胸のあたりを毛繕いする。眠そうな目を少しの間閉じては、はっと我に帰る。まだ若い個体なのだろう、幼羽が残っている。最終的には、彼女との距離は15メートルを割っていた。タカの仲間をこんな近くで見たのは初めてだ。思いがけず優しそうな瞳をしている。信じられない時間が30分以上続いた後、急に伸 びをした彼女は、風のように飛び去っていった。
 今冬も干拓地にコチョウゲンボウの雌がやって来た。きっと彼女だろう。相変わらず食後は警戒心がない。でも、表情は少し大人びてきたようだ。今年もこの地で冬を元気に乗り越えて欲しい。そして、来年も再来年も、成長した姿を見せて欲しいと思う。
(1999/12/26)