コミミズク

 初めてコミミズクに会ったのは大学2回生の冬だった。淀川の河川敷に夕刻姿を現した彼は、土塊の上で金色の目を光らせ、180度回る首で辺りをキョロキョロ見渡していた。そして、音もなく飛び立ち、芦原の上をフワフワと、長い翼を羽ばたかせて飛び回った。冬の河原にフクロウの仲間がいるなど、短い人生の中で考えたことも無かったから、僕にとってはちょっと衝撃的な出来事だった。その日から、暇さえあれば淀川に通った。

 社会人になって最初に入った会社の寮は、京都の巨椋池干拓田から原付で30分くらいの所にあった。一緒に寮に入った同期生は、不便な場所、古い寮に不満があるようだったが、僕は一人喜んでいた。巨椋は全国的にも有名なコミミズクの集団越冬地だったのだ。

 コミミズクは彩りを失っただだっ広い田んぼに11月頃やってきた。渡ってきた当初は、縄張りの境界と思しきあたりで2羽のコミミズクが空中戦を演じていた。普段無口なコミミズクがこの時ばかりは「ウギャアア!」という恐ろしげな声で叫ぶ。双眼鏡を握る手に思わず力が入った。
 餌採りは巧みだった。田と田の間の水路沿いにまっすぐ飛んでいたかと思うと、突然翼を翻し水路の中に姿を消した。近づいてみると、足にネズミを捕らえている。水路にはネズミの穴があちこち開いていた。空中から、ぼんやりしたネズミを狙っていたのだ。

 10年前まではコミミズクのメッカだった巨椋も、干拓地の真ん中をバイパスが通り、水路がコンクリートのU字溝で固められると、コミミズクはあまりやって来なくなった。そういえば、イタチやキツネの姿も最近見ていない。ネズミがいなくなると、農家は喜び、コミミズクは悲しむ。イタチやキツネも悲しむ。そして僕も悲しい。冬の干拓地の主役は、小鳥を狩るチョウゲンボウやコチョウゲンボウ、集団で群れているミヤマガラスやコクマルガラスに代わった。

 昨年の12月、一時期だけ巨椋にコミミズクがやって来たそうだ。一所懸命通っていたのに見逃してしまった。会うことができた人が心底羨ましかった。今年こそなんとしても再会を果たしたい。 
(1999/11/28)