コクガン


 北海道から南下してくる鳥達を迎えるため、9月上旬から竜飛岬に通った。半袖シャツで、汗を拭き拭き登った灯台までの坂道も、今では防寒具を着込み、風に吹き飛ばされないよう一歩一歩進まなければならない。季節は鳥と共に疾風のように通り過ぎていった。
 思えば、これほど通ってこれほどシャッターを押さない探鳥地は無かった。人づてに聞いた話に膨らませた妄想は、砕いてしまうには余りに惜しかった。今日は何か飛ぶかも、今日は何か撮れるかも・・・そんなこんなで2ヶ月が過ぎようとしていた。

 そして昨日、今秋最後の竜飛に出掛けた。誰もいない岬には、ただ風だけが吹き荒れていた。「ストーンバッグが無いと三脚飛ばされるよ」地元のKさんからつい一週間前聞かされた言葉に、「カメラを合わせて12kgもあるのに、まさか・・・」と半信半疑だったが、冗談でも無さそうだ。そんな強風の中、ハシブトガラスたちは風に乗っては急降下を繰り返す遊びに興じていた。「面白いなあ・・・」そのカラスの群にハヤブサが突っかかって行くと、カラスは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
 風と海とカモメだけの岬でも、朝早くから観光客がバスでやって来る。そして、観光客目当ての売店も店を開け、「津軽海峡冬景色」のエンドレステープを回し始める。「うわ、北海道!」「うわー、ちかーい!」ひとりぼっちの岬が急に賑やかになる。「すごいカメラ。何撮ってるんですか?」丁度親と同じくらいの年齢の夫婦が話しかけてきた。この岬で100回くらい聞いた質問に「鳥です」と100回目の答えを返す。おもむろに男性が自分のカメラを差し出した。「シャッター押してもらえます?」「あ、はい・・・撮りますよ。チーズ」パチッ。思えばこの岬で撮った写真は、北海道をバックににっこり笑う観光客、あるいは灯台の前でポーズする観光客ばかりだった。「あ、どもども」カメラを受け取るとツアーの夫婦は「寒い、寒い、早く行こう」とさっさと帰ってしまった。

 「はー、今日も駄目か」津軽海峡は北西の風に煽られて白波を立てていた。その白波の彼方から、海面すれすれに鳥の群が飛んできた。「なんだ?」その数約40羽。逆V字型に編隊を組んでいる。「・・・コクガン!」黒い身体、白い尾羽。北国の冬鳥、コクガンが眼下の荒海を通過して行った。「ほんまに津軽海峡冬景色や・・・」僕はカメラを担ぎ、風によろけながら駐車場への坂道を下って行った。
(2000/10/29)