ケリ


 天気予報が見事に外れよく晴れた日曜日、日頃は家のことを一切しない夫にとうとう切れた妻の攻撃に負け、一日家の掃除や片づけを手伝った。近くの集合住宅から家の中が丸見えなので、我が家の南側の窓はいつもカーテンが引いてある。窓を開けようとカーテンに手をかけると、外で何かの影が動いた。カーテンを少しだけずらし、庭を一瞥。ビワの木の根もと辺りで影がチョロチョロ動く。子猫だ。3匹いる。白いのと、黒いのと、トラ縞。ピョンピョン飛び跳ねてじゃれあっている。白いのが小石を前足で叩いて遊んでいる。何とも微笑ましい光景に思わず窓を開けて身を乗り出した。すると、どこからともなく大人の黒猫が現れた。黄色い眼差しが僕の眉間を貫く。「シャー!」母親が僕を威嚇していた。瞬間、脳裏にある鳥が浮かんだ。

 チドリの仲間のケリは、春先の水田地帯で子育てをする。あぜ道や休耕田に簡単な巣を作り、大きめの身体を伏せて卵を温め、ヒナを孵す。ヒナは生まれてすぐ立ち上がり、親の後をチョコチョコ着いていく。
 ある日、水田地帯の空き地でケリの巣立ち雛を見つけた。鳥も動物と同じで、小さい頃は何とも言えぬ可愛らしい顔をしている。車を降り、吸い寄せられるようにヒナに近づいて行くと、どこからか親鳥が血相変えて飛んできた。「ケリーッケリリッ!」甲高い金切り声で叫び、頭上を飛ぶ。「ケリーッ!」真っ赤な目でこちらを睨みつけている。「悪かった、悪かった。ごめん、ごめん」と急いで車に戻ろうとしていると、親鳥は地面に降りて翼を半開きにし、ヨタヨタとあらぬ方向に歩き始めた。偽傷だ。親鳥が怪我したふりをして、ヒナから目をそらそうとしていた。必死の表情に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。車に乗り振り返ると、ヒナの姿はもうどこにもなかった。

 鳥でも動物でも、子供の頃は悪魔的な魅力を持っている。怖がられることが頭で分かっていても、「もっと近くで見てみたい」という衝動に駆られ、つい近寄ってしまう。親の怒りの声で初めて我に帰り、可哀想なことをしたと反省するばかりだ。親子連れの生き物は、隠れて見ているに限る。親猫の怒りの声を聞いて、僕はそっとカーテンを元に戻した。
(2000/5/28)