カワセミ


 小学校の帰り道、少年は草むらでカマキリを探そうと川原に下りていった。秋も深まり、風が冷たい。彼は、虫がこの時期いないことを短い人生経験で既に理解していたが、とにかく川原で寄り道をして家に帰るのが自分の使命のような気がしていた。家庭排水が流れ込む川は小さな瀬でブクブク泡をたて、川原の石もヌルヌルの濃緑色をしていた。鼻をつく臭いも、増水時に上流から流れてきたと思われるゴミも、全く目を背けたくなる風景であったが、少年の行動範囲にある川は、その川1本だけだった。少年にとって、川はそれしかなかった。

 少年は夏、その川で泳いでいる子供を見たことがあった。自分と同じくらいの年のように見えたが、知らない子供だったので、どこかよその町から遊びに来たのかもしれない。「なんでこんなところで泳ぐんじゃろ?」濁った水の中ではしゃいでいる彼の気が知れなかった。絶対に泳ぎたくなかった。同じように、川に釣りに来る人の気も知れなかった。こんな川で釣った魚を掴んだら、手が腐るんじゃないかと真剣に考えていた。とにかく、この川の水にだけは触れまいと少年は固く誓っていたのだった。
 水は汚くて嫌いだったが、虫がいる川原の草むらを少年は好んだ。カマキリが大好きで、秋口、きちんと羽の生えそろった成虫が、セイタカアワダチソウに集まるチョウやアブを捕らえる姿を見ては、ワクワクしていた。そして、飼うわけでもないが家に持ち帰り、網戸に止まらせ、ユラユラ上体を揺すりながら上の方に登っていくのを眺めているのが好きだった。そして、ひとしきり眺めた後、虫を庭に離すのだった。

 枯れたススキで半ズボンから出た足を切らないよう、少年は慎重に田んぼ道から川原に下りていった。空には低い雲が流れ、柔らかな夕方の陽射しが彼の背中を照らしていた。長くのびる影の方向へ、一歩一歩進む。足下のぬかるみに気をとられていた少年が顔を上げた時、目の前の枯ススキに1羽の鳥が止まっているのに気がついた。「あっ!」思わず立ち止まる。鳥は緑とも青ともつかない不思議な色をしていた。鳥が振り返り、目と目が合った。それはほんの一瞬のことだったのだろうが、少年には何十秒にも感じられた。「チッピー、チッピー、チッピー・・・」鳥は青い軌跡となって、一直線に上流へ飛んでいった。(知らん鳥じゃ、見たことない鳥じゃ、外国の鳥かもしれん、大変じゃ!)少年は急いで今来た道を引き返した。早く誰かに知らせたい、早く。少年は家までのアスファルト道路を心臓をドキドキさせながら走っていった。 
(2000/11/12)