イソヒヨドリ


 11年余り乗り続けたポンコツ車を乗り換えることにした。会社に入りたての頃、無計画に借金して購入した小さな4WD。走行距離は12万キロ程度で、まだまだ走れそうな気もしていたが、でこぼこ道を走る度、カーブを曲がる度、足回りがミシミシ変な音をたて、フロントガラスには小さなひびが入り、窓も時々閉まらなかったり、ラジエターポンプが壊れてオーバーヒートしかかったりと、小さな不具合が積み重なっていた。買ったばかりの頃は、週末が来る度に洗って、ワックスをかけて、いつもピカピカにしていたのに、いつの頃からか掃除は年に1度。後はエンジンオイルやバッテリーを交換するだけのほったらかし。車内はいつも土の臭い。ボンネットには神戸でつけてきた子猫の足跡がまだ残っていた。
 来週末の別れを前に、最後の旅に選んだ目的地は竜飛岬。あと2週間もすればハチクマの渡りがピークを迎えるらしく、下見をかねてドライブだ。助手席には珍しく妻。ポンコツの思い出を語らいながら、雨の青森を出発した。
 青森市内を抜け、蟹田の辺りまで来ると、さっきまでの雨が嘘のように上がった。北の空は青く、白い雲が流れている。ススキの穂が風に吹かれている。
 思えば、この車であちこち出掛けた。関西の近場、北海道、鹿児島、広島、山陰、北陸、そうそう、昨夏は四万十川まで走ったっけ。今年の夏は青森県内を走り回った。本当によく走った。

 竜飛岬に到着したのは午後1時過ぎだった。灯台近くの駐車場に車を止めて、岬から津軽海峡を眺める。青い空の下、穏やかな海が広がっていた。北海道がすぐ目の前に見える。泳ぎの得意な人なら、泳げるんじゃないかと思えるくらい近い。岬の先端をぐるり囲っている鉄条網に、イソヒヨドリが1羽止まっていた。囀ろうかどうしようかというような顔で思案している。足下にはハマフウロやカワラナデシコが薄いピンクの花を咲かせていた。

 駐車場に戻り、ポンコツの前に妻を立たせて記念写真を写した。妻にカメラを渡し、僕もポンコツと一緒に写った。売店から流れてくる「津軽海峡冬景色」の歌に混じって、イソヒヨドリの声が聞こえたような気がした。
(2000/9/3)