ホシハジロ


 ホシハジロ。雄は頭部が赤茶色で背中は灰色、雌はくすんだ褐色のカモ。学生時代、先輩に連れられて、このカモを見に行った。場所は通い慣れた昆陽池。このカモの面白い姿を見ることができる、先輩はそう断言し、僕と僕の同期生Sを昆陽池に連れ出した。
 北風のびゅうびゅう吹く池の端、双眼鏡で覗いてみると、ホシハジロが500羽くらい池の真ん中あたりに固まって浮かんでいた。眠っている。じいーっと見ても、眠っているだけで面白くも何ともない。それでも先輩は平然とした顔で双眼鏡を覗いている。鼻水をずずっとすすって仕方なく他のカモを観察する。オナガガモ、キンクロハジロ、ヒドリガモにハシビロガモ、お馴染みの面々だ。
 太陽が傾き、ますます寒い。池の真ん中にある日本列島をかたどった島にサギたちが帰ってきた。
 とうとう日が暮れた。残照の水面にホシハジロのシルエットが浮かぶ。「動き始めた」先輩がつぶやく。ホシハジロが動いていた。ぐるぐる泳ぎ、羽ばたき、水浴びをしている。「ここのホシハジロは夜行性なんや」そうか、そうだったのか。夜行性のカモ、なるほど面白い。そう思っていると、先輩は「まだまだこれからや」と言った。
 空には星が瞬き始めた。水面は真っ暗で、目を凝らしてみないとホシハジロの姿が見えない。バシャバシャバシャバシャ・・・暗い水面に水しぶきが上がった。幾筋もの軌跡がかろうじて見える。「飛んだ!」ホシハジロの群れが水面を駆け、飛び立った。500羽のホシハジロは池の上空をぐるぐる回り、こちらに近づいて来た。ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・500羽の羽音が我々の頭上を通り過ぎる。ホシハジロのシルエットが夜空を覆い隠した。「すげえ!」Sが感嘆の声をあげた。「すごいやろ?餌採りに行くんや!」暗闇の中で先輩の声は満足そうだった。

 その後、Sはホシハジロの虜になり、暇さえあれば夕暮れの昆陽池に出掛けることとなった。飛び立ったホシハジロをバイクで追跡したり、飛び立つタイミングは空の明るさに関係あるらしいことを突き止めたり、それはそれは熱心だった。僕もホシハジロの夜間飛行を撮るため、夜空に向かって虚しくフラッシュを光らせ続けた。ヒュンヒュンヒュンヒュン・・・人知れず夜空を駆けるホシハジロに、二人ともすっかりとりつかれてしまったのだった。
(1999/11/14)