ハシグロヒタキ


 竜飛に通ってもタカは飛ばない、太平洋側の海岸や日本海側の溜め池を探してもシギやチドリが見つけられない。青森の秋の静けさに少々うんざりしていた。人づてに聞いた話で頭に描いたイメージと現実とのギャップの大きさにがっかりする、最悪のパターンの繰り返し。こんな時は足下を見直すに限る。身近な自然の中に必ず新しい発見があるはず。そう思い、市内の田んぼを時間があれば覗いてみることにした。

 刈り取りの終わった田んぼにノビタキが来ていた。チョウゲンボウが翼を羽ばたかせながら空中で止まっている。ノスリがカラスの群に追われて逃げていく。アカトンボの飛び交う休耕田の農道をゆっくり鳥を探しながら行く。
 水路に立てられた木杭の上に小鳥が止まっていた。「ノビタキかなあ?」双眼鏡を向ける。「あ!」一瞬息を呑む。「えらいこっちゃ、サバクや・・・」図鑑をザックから引っぱり出してサバクヒタキ類のページを開く。「うっ・・・うーん」どれも良く似ている。日頃の勉強不足を反省しながら、双眼鏡を覗いては図鑑と見比べる。「うーん・・・」どうにもよく分からない。ただ、尾羽の特徴さえ分かれば何とかなるかも知れない。とりあえず証拠写真を撮らなくてはと、車を降りて三脚にカメラを据えた。

 農道に一台の軽トラックが止まった。赤い帽子をかぶり、長靴を履いた小柄なおじさんが近づいてきた。「なんだ?」「鳥です」「とり?どれ?」僕は、カメラのファインダーを覗くよう、おじさんに勧めた。「あれ、ほんとだ。めっずらしいなあ」「サバクヒタキという仲間の鳥で、日本では滅多に記録の無い鳥なんです」「はあー、そっかー。昔はとりもたくさんいたけどなあ」図鑑を開いておじさんに説明する。「大きさとか尾の模様からすると、イナバヒタキかハシグロヒタキだと思うんですけど・・・」「似てんだな。でも、俺はこっちだと思うけどな」おじさんはハシグロヒタキを指さした。「やっぱりそうでしょうか」「そだよ、きっと」。
 ヒタキは、おじさんと僕が図鑑を睨みながら、あーでもない、こーでもないと言っている間に、コオロギを何匹も捕まえていた。杭の上からヒラリ飛び立って休耕田に下りると、嘴にはコオロギを挟んでいた。そして元の杭に戻って丸飲みにする。「上手なもんだ」おじさんも僕も感心していた。30メートル以上離れた場所にいるコオロギを正確に捕らえてくるその技は見事としか言いようがない。「ほんとに上手なもんだ」。
 
 身近な自然が与えてくれた小さな出会い。出会いの興奮を見ず知らずのおじさんと分かち合った喜び。忘れがたい秋の一日となった。 
(2000/10/15)