ハシブトガラ


 丘の風景で有名な、北海道の上富良野町。国道237号線の深山峠という場所に、三角屋根の一種異様な建造物がある。ギャラリー・ザ・ピラミッド。野鳥写真家・嶋田忠氏の作品が常設されていると聞いて、新婚旅行の途中、立ち寄ってみることにした。1993年11月のことだ。
 残念なことにギャラリーは冬季閉鎖中。仕方なく我々夫婦は隣接する喫茶店で昼食をとることにした。客は他に1人しかいない。店内に飾られた美瑛や富良野の丘の風景写真をぼんやり眺めていると、大型三脚を肩に担いだ小柄な男性が入ってきた。「大阪から来たの?前の車、そうでしょ?」「はい、そうです。新婚旅行なんです」「今の時期、何も無くてね」「そうですね。紅葉も終わってるし、雪も無いですね」「でも、空いてるっしょ?」「アハハハ、ほんと空いてますね」男性は、この店とギャラリー・ザ・ピラミッドのオーナーで、風景写真家の伊東剛氏だった。
 氏の作品を見せて頂いたり、撮影の苦労話などうかがっているうち、持ってきていた写真を見て頂けることになった。北海道を旅し、撮影してきた鳥や風景の作品を車から下ろしてくる。前年に初めての個展を大阪で開催し、少々有頂天になっていた時期だった。そこそこいい写真を集めたつもりだった。
 写真を見つめる伊東氏の目は真剣だった。何も言わず1枚、また1枚とゆっくりアルバムの頁を繰っていく。そして、最後の1枚、ハシブトガラの写真を見終わって一言、こちらを真っ直ぐ見つめて言い放った。「鳥に表情が無いんだよ」全く意外な言葉だった。「鳥に表情・・・?」言葉が出なかった。「俺も昔、鳥撮ってて、こんな写真をたくさん撮ってたよ。誰でもここまでは撮れるのさ。そこからどう撮るかだよね」
 
 あれから7年以上の月日が流れた。今でもカメラのファインダーを通して鳥を見つめる度、伊東氏の言葉を思い出す。「鳥の表情」を本当に捉えることができるかどうか、今も全く自信がない。ただ、目の前の鳥の羽毛1枚1枚の動きや瞳の輝きから、相手の気持ちをいつも考えるようになった。怯えているのか、それとも自分を許しているのか。そして、7年前の自分の写真を見て、「鳥の表情が写っていないなあ」と、ようやく思えるようになったのだ。 
(2000/12/31)