6.暗黒の日々 〜大学2年〜 

[我が青春のマクドナルド Index]


卒業生を送り出し、塾講師のバイトも辞め晴れてマック一筋。本文は学生であるが、SW-T(SW-MGR Trainiee)の間は修行中の身であるし、極力バイトの方に力をいれようと決意して臨んだ。

Training ProgramとMGRハットを受け取る。やはりMGRハットをかぶるのは照れくさいし、クルーには「おお!」と冷やかされるし、でも当然悪い気はしない。SW-T昇格にあたっても、特に異論をとなえたり、やっかみやひがむ人もおらず、そういうことに気を遣うことがなかったことは幸運であった。それより「このお店の状態を何とかして欲しい」という期待感すら感じた。私だけの力ではそんなことは到底無理であるが、この時点でSW-TからSWに昇格した人が2名(SさんとUさん)がおり、SWチームに寄せるクルーの期待がかなり大きかったというわけである。

−*−*−*−

当時のお店は相変わらず稼働率の高い少数精鋭で運営されていた。こういう時に問題になるのは「仕事が出来るけどモラルの低いクルー」である。こういうクルーを押えて仕事をさせることが出来るMGRを卒業で失っている。また、親分的な存在であったトレーナークラスのMさんは卒業してしまったり、SさんもSWに昇格し、彼らとつるむことも少なくなった。

すると彼らは「仕事が出来る」面よりも「モラルが低い」面の方が目立ってくる。仕事場でもその「モラルが低い」面が目立つようになると、MGRは見て見ぬふりをする。彼らの力がお店には必要であるからだ。

だが、それにも限度がある。私が主に働いていたクローズの時間、そこはもう本来のマクドナルドの姿ではないようなクオリティやサービスがはびこっていた。しかし、それも無事クローズを終わらせて朝5時にお店を開けるためには致し方ないように見えたし、何より私には仮にも先輩である彼らモラルの低いクルーにはSW-Tになったとは言え、強く言うことは出来なかった。

そんな折り、どうやら本社から「利益確保」の命令が各お店に下されたらしい。当時はまだSW-Tの駆け出しだったせいもあり、それがどういう目的の命令なのかは教えてくれなかったし、理解しようとも思わなかった。

「利益を確保するのに一番の近道は人件費を抑制することだ」ということはMGRからこの時教わった。

具体的にはどういうことか。このときの施策は「社員MGRも生産性に従事する」ということである。基本的には社員MGRは店舗管理者である。お店でハンバーガーを作ったり、カウンターで接客することは極力アルバイトに任せて、他の仕事を事務所で行ったりする必要がある。この基本をかなぐり捨てて、クルーの労働力=レイバー=変動人件費を使わず、社員の労働力=固定労働費でお店のオペレーションを賄おうというのだ。
気が付くと、クルースケジュールには驚くほど少ないラインしか書かれていない。本当にこれでお店は回るのであろうか。いや、回さなくてはならないのである。そのため、その少ないクルーのラインには生産性の高い熟練したクルーが必要になった。また、通常3人でやっていたことを1人でやる、というようなことをやろうとしているのだから、労働条件はかなり厳しい。それゆえ、SWやSW−T、トレーナーの中でも、そのような労働条件でもへこたれない、文句を言わない(言えない)クルーが自然と選ばれる。

正直言ってこの期間中は非常にきつかった。特に私はSW−Tということもあり、当時の1stAsstMGRからも容赦ない叱責が飛ぶ。少しの無駄な動きも許されない。それくらいギリギリのラインでお店が運営されていたのだ。

「なんで俺はこんなキツいことをやらされているんだろう」そう思うこともあった。「なんでそんなことまで言われなくてはならないのだろう」そう思うこともあった。逃げ出そうかと思ったこともあった。でも、高校の時のラグビー部退部のような思いはしたくない、一度やりかけたのだから最後までやり通したい、その思いだけで何とかやっていけた。

−*−*−*−

そんな激務の中、SW−Tでもある私は、STPと言われるSwing manager Training Programを終了させなくてはならなかった。これはSWに昇格するための業務知識などのチェックリストになっているもので、SWトレーニング担当の社員MGRのチェック(押印)を受けながら進めていくものなのだ。

理想的には、店舗でのシフト中に合間を見ながら進めていくのがいいのだが、こんな状態ではとてもそんな時間は取れない。なので、シフトの前後、具体的にはイン時間の1時間前程度にお店に来て勉強したり、アップ(シフト終了)したあとにMGRを捕まえてチェックを受けたりした。
それなりに分厚いこのトレーニングプログラムであったが、このための勉強は全く苦にはならなかった。逆に、クルーは目にすることが出来ないオペレーションマニュアルやMGRのための様々なマニュアル、資料などを読むことは非常に有意義であり、つい時間を忘れてお店に長期滞在してしまうほどであった。特に「トレーニング」に関するこの時の勉強は、社会人になった今、非常に役にたっていると思う。トレーニングや人材育成に関する勉強をこんなに若い頃からやらせてくれる会社など、そう世の中にはないのだから。

−*−*−*−

STPで担当MGRのチェックが全て終了すると今度は店長のチェックが待っている。MGRとしての知識、スキルなどをチェックされるのである。厨房でのクルーワークについてはチェックするまでもなく、かなり高いレベルにあることは店長も分かっていたようで、チェックは主にMGR特有の業務知識とサービス周り(接客)であった。

各調理時間や必要食材の量などの知識は暗記すればよいので簡単だ。クルーの管理(モチベーションの維持、カウンセリング等)については、これをいきなりやれと言っても無理なのは明白なので、あまりチェックされなかった。では、何がチェックされたのか。店舗運現の運営(フロア・コントロール)と接客であった。

特に接客については、何度も厳しい指摘を店長から受けたのを覚えている。ある土曜日の夕方のこと、カウンターワークのチェックの後、店長にカウンター前に来るように呼ばれたことがあった。メインのカウンターには先輩SWであるU氏が接客中である。U氏は男子SWには珍しく、厨房のオペレーションよりはサービス(接客)の方が得意であった。
「上甲、Uのカウンター見てどう思う?何がお前と違うと思う?」
「・・・笑顔でしょうか?」
「そう、スマイルだ。お前の接客にはスマイルが全くない」
はっと気が付いた。そう、何をこの忙しいときにチェックだ、とおざなりの接客態度をとってしまっていたのだ。一応カウンターエリアのトレーナーの称号ももらっていたので、新人クルーのトレーニングの時に「カウンターワークは笑顔が大事」などと偉そうに言っておきながら、自分の気分1つでその基本を忘れてしまっている。これでは店長も「合格!」とは言えないだろう。

何故、あのような接客をしてしまったのだろう。忙しかったからか、店長のチェックだったからか。何故笑えなかっただろう。結論は簡単だった。社員MGRが苛立つあまりに罵声や怒号を飛び交わせると、カウンターや厨房の雰囲気は悪くなる。お客があふれピークになり、お店が回らず、皆がオペレーションやMGRへのプレッシャーを感じ始めると、ひどく緊張した雰囲気になる。そう、余裕がないのである。人間、訓練された人でなければ、大きなプレッシャーがかかった場面で笑えるものではない。笑顔で接客出来るようになるには、まずは仕事に余裕を持つことなのである。

こう考えると、ここのところのお店の雰囲気が良くなかった理由も簡単だ。皆、余裕がないのである。「利益重視」で余裕のないシフト体勢なので、そうなってしまうのだ。いや、これは短期の店舗目標であったので、社員MGRは十分分かっていたことなのかもしれないが。
余裕を持つことを心がけてからは、仕事が変わった。5分前インを10分前インにするだけで、お店の状況を把握することは用意になったし、余裕を持つということは、先回りして仕事をする、ということでもあり、仕事の効率もかなり向上したように感じた。PCとして厨房を預かる時も、他のクルーに指示を出したり、トレーニングしたりとだいぶMGRらしい振る舞いが出来るようになってきた。

−*−*−*−

SWのトレーニングには、各種の店長チェックも無事終了し、あとはSV(SuperVisor)のチェックのみとなっていた。このSVのFさんは一見強面で、事実、いい加減な仕事をする社員MGRは厨房でも容赦なく怒鳴られるのであるが、どれ一つとして道理が通らないものはなく、怒られた本人も、またその周りの人も必ず納得する叱り方をする。また、真面目なMGR、クルーへのサポートや気配りも厚く過去店長であったお店のクルーからはかなり慕われていた。尊敬に値する人物であった。

SVチェックの当日、それは平日の夜だったと記憶している。お店に余裕があれば、MGRが入る各ポジションをこなして、それぞれチェックを受けるのだが、平日の夜はクルーも薄く、私はPCに張り付き、厨房をコントロールする役割に終始した。

「じゃあ、今から30分、見ているから」とSVは言ってとりあえず私の目の前から消え、カウンターエリアの前に立った。お客様の目線でチェックするということなのだろう。余裕をもって仕事をすることを覚えた私にとって、平日の夜のシフトは何でもないことであった。それでも少しは良いところを見せようとかなりがんばったことを覚えている。無我夢中の30分が過ぎた。
ふと気が付くと横にFさんが立っていた。
「上甲君、合格だ。いつも私がここに来たときは見ていたし、君なら大丈夫だ。」
「あ、はい。あ、どうもありがとうございます。がんばります」
「うん、がんばってくれよ」
そしてFさんは右手を差し出した。がっちり握手。ほっとしたこともあり心の底からの笑顔が私の顔を包んでいた。「そう、その笑顔だよ」Fさんはそう言い残して2FのMGRルームを消えていった。6月の半ば過ぎのことであった。

−*−*−*−

SW登録は7月の1日付けとのこと。ただ、6月末から夏休みに入るまではバイトを休むことに決めていた。試験とレポート提出ラッシュに備えてのことである。なので、MGRユニフォームを着るのは7月の20日くらい、ということになる。そして、7月に店長が交代することが知らされた。なんと私を高校時代に採用してくれた片岡さんが店長として用賀インター店に帰ってくるのだ。そしてNo.2のファーストアシスタントMGRも1名異動してくるらしい。替わりに私のSWトレーナーであった2ndアシスタントが近隣店舗に異動になった。居酒屋で送別会をして送り出した。「俺は何も出来なかったけど、がんばってくれよ」そう言い残して彼は用賀インターを去っていった。

何かが変わりそうな予感。まだ梅雨開けぬ6月末日、そうを感じながら、前期試験に向けての長期オフに入った。



△Page Topへ
[我が青春のマクドナルド Index]