営業嫌いの営業戦略

そもそも翻訳家になろうとするような人間は一般に営業が得意であるはずがないのだが、独立するともなればそうもいっておられない。なにがしかの最低限の営業活動は必要である。そこで、ここでは翻訳エージェンシーや出版社、企業などのクライアントから仕事を確保するために、日頃「こうしたらいい」と思っていることを紹介しよう。「こうしたらいいと思っている」とは、裏返せば、私自身はあまり実践していないということにほからない。したがって、以下は自戒の意味を込めたヒント集である。

一年に一度は顔を出す
用もないのにクライアントのもとに出かけるのはおっくうなものではるが、やはり「顔つなぎ」はしておきたい。地方に住んでいる場合でも、せめて電話でご機嫌伺いくらいはしておきたいものである。くれぐれも私のように「このクライアントの仕事はもう何年もやっているが、まだ一度も会ったことがない」というようなことのないように。

怒らない
「100枚くらいということで引き受けたのに、実際に原稿が届いてみるとゆうに150枚はある」、「すでに着手している翻訳が急にキャンセルになった」、「納期が急に繰り上げになった」、「仕事の打診があったものの、あとはなしのつぶて」- いずれもありがちなこと。こんなときの対応は、むっとした感情をすぐに出さないようにすることだ。相手がエージェンシーの場合、こちらが怒ってもどうなることでもないし、できるだけ気持ちよく対応しておいたほうが得策というもの。何か気に障るようなことがあったら、すぐに相手に電話する前に、数時間ないし数日おいてみる。向こう側の非だと思っていたことが、実は自分の勘違いだったということも少なくないからだ。 もちろん、翻訳料の不払いなどの詐欺まがいの行為に対しては話は別だ。幸い私個人は遭遇したことがないが、1年以上たっても翻訳料を払ってくれないとか、翻訳料なしの「トライアル」と称して100枚以上の原稿を送ってくるなどといったことも皆無ではないらしい。こうした場合には、必要ならば消費者センターや弁護士会にも相談して、徹底的に追求する必要がある。

取引先を分散する
確かなものが何一つないこの時代、全仕事量のうちのたとえば80%が一社に集中するのは危険である。クライアントが大きいからといって安心はできない。担当者が変われば仕事がこなくなるかもしれないし、「翻訳は社内で」ということになる可能性もある。4、5社程度の取引先があり、特定の一社に30%以上は集中しないようにするのが望ましい。といっても、これはこれで問題がないわけでない。取引先を多様化すると、どの取引先にも対しても集中できず、特定のクライアントの仕事を連続して断ることにもなりかねない。こうなると、いずれにしてもその取引先は逃がしていまう。まあ、ここらへんのバランスはむずかしく、実際には「成り行きまかせ」になることが多いのだが、「リスクの分散化」だけは頭に入れておきたい。

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