113「梟雄の遺言」



最上義守(1521―1590)

修理大夫、右京大夫。最上氏の庶流・中野義清の二男で、二歳の時に最上本家の家督を継承し、第十代当主となる。伊達家を中心とした天文の乱では伊達稙宗に与した。家督相続問題で嫡男義光と対立が生じたが、やがてこれと和議を結び、家督を譲って隠退した。しかし、その後も反義光派の旗頭として領内に隠然たる勢力を保ちつづけた。法名竜門寺栄林義公。

◆梟雄と畏怖された最上義守は、息子義光に家督を譲って後、城外の隠居所で起居していたが、今や病いの床に臥し、すっかり憔悴しきっていた。もともと家督を二男中野義時に譲りたかった義守は嫡男義光とは対立していた。義光が弟を滅ぼして、隠退に追い込まれてからは反義光派の中心にすわっていた。が、その命運が尽きかかっていると知っては、さすがの義光も放ってはおけない。さんざん煮え湯を呑まされた父ではあるが、父親殺しの汚名は着たくない。すぐさま寺社に命じて大々的に加持祈祷を命じた。早く死んで欲しいと願う義光の心中は複雑であったろう。

◆義守は今生の別れに娘夫婦に逢いたいとゴネだした。義光は米沢に嫁いだ妹義姫とその夫輝宗に使いを出した。間もなく、輝宗夫婦が山形へ見舞いにやって来た。この場に義守・義光・義姫の三者に囲まれて、輝宗は心なしか緊張した面持ち。空気にまで毒が含まれているのでは、とクンクン嗅いでいる。

義姫「父上!兄上に毒でも盛られたのではござりますまいな!?」
義光「じょ、冗談でも許せる冗談と許せない冗談があるぞ」
義守「おお、よく来た。よく来た。於義、ひとめ逢いたかったぞォ」
義姫「おいたわしいや。ずいぶんとお痩せになって」
義守「わしは、もうだめじゃ・・・・・・」
輝宗「何を仰せられます、舅どの。まだまだご壮健ではござらぬか」(枕の下に短刀はなさそうだな)
義姫「父上!お気をたしかにお持ちくださりませ」

◆ひとしきり、対面が済んだ後、義守はあらためて義光と伊達輝宗を枕頭に呼んだ。

義守「今、病状がすすみ、わしは黄泉の国へ参ろうとしておる。この世にさして未練もない・・・・・・」
義光(うそこけ。このくたばり損ないめ)
義守「じゃが、ひとつだけ、懸念がある」
輝宗「懸念、でござりますか」(噛みつかれる心配はなさそうだ)
義守「わしが死んだら、最上と伊達は必ず仲たがいいたし、奥羽は戦乱の巷となろう」
義光(けっ。とうに仲たがいしておるわ)
義守「よいか。輝宗どのが陸奥の兵を率いていったんは最上を占領されるとも、出羽を併呑することは不可能じゃ。義光よ、そちが勝利を握ったとしても陸奥一円を領する力量はない。最上、伊達はともに小身。二人の争いは他の大大名を利するばかりじゃ。両者が争えばいずれ双方とも上杉か佐竹の餌食となってしまうだろう。じゃが、おことたちが手を結べば、奥羽は安泰じゃ」
輝宗「お言葉、身に沁みて・・・・・・」(髪の間に針を仕込んであるやも)
義光(輝宗め、奇麗ごと言いやがる)
義守「これがわしのゆ、遺言じゃ。わしの意に背いて、ゴホゴホ。いくさをおこすようであれば、ゲフッ。ば、化けて出るぞ〜」

◆義守の「遺命」は最上・伊達両家にも伝えられ、家臣たちもこれに賛同した。

◆ところが、祈祷の霊験か、薬が効いたのか。それとも一瞬でも浮世のことや雑念を頭の中から追い出してしまったせいなのか。義守は元気になってしまった。家中の反義光派は大喜び。ひそかに回し読みされている『義守タイムス』の見出しには「遺言撤回!大殿さま、奇跡のご回復!!」の文字がおどる。

◆義守復活の報に接した義光と、米沢の伊達輝宗はもちろん仰天した。

義光「おのれ、仮病をつかいおったか。あのクソ親父めが」

輝宗「やはり、最上父子の謀略であったのか。よく無事で戻れたものよ。よし、最上へ兵を出すぞ。陣触れじゃあ」

◆隠居所の庭に出て、爽やかな日の光を浴びながら、朝の体操に精を出す義守。

義守「前修理大夫最上義守入道栄林、ここに復活! 源五郎め(義光)、わしの目の黒いうちは好き勝手なことはさせぬわ。フハハハハ!」(BGM:ダースヴェーダーのテーマ)

◆騒動の種をまきちらして、最上義守が没したのは、この時から七年後の天正十八年のことである。




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