106「ミッション・インポッシブルでごいす」



桜田宇兵衛(?―?)

又七、斎藤平内兵衛。父は同名桜田宇兵衛で、津軽為信に従い、南部氏からの独立戦争に尽力した大浦十勇士のひとり。為信・信牧の二代に仕えた。為信の命で諜報活動に従事。その後、為信室戌姫(仙桃院)の右筆をつとめる。

◆仕事で長期出張に出たり、クライアントのところへ詰めっきりになった際、なかば冗談めかして「おまえの席、もうないよ」と同僚に言われた経験をもつ人はかなりいるだろう。最近は冗談で済まされないのではと本気で心配する向きもあると思う。席ばかりでなく会社がなくなる御時世だ。

◆暁闇に包まれた寝所の中に突然、オヤブンの津軽為信の指令が響きわたった。桜田宇兵衛はビクンとからだをおこす。気のせいか、蚊取り線香を焚くブタの中から為信の胴間声がするようだ。勃興期の津軽主従は大名家というよりは、野武士集団に近かった。あるじの津軽為信にしてからが、黒髭を胸にたらした山賊のオヤブンのような風貌をしている。

為信の声「おはよう、宇兵衛くん・・・・・・おめ、南部の領内の様子をこそらっと探ってけねが。へば、この通信はちゃっちゃど消滅するんだね。成功を祈るっちゃ・・・・・・」(BGM:スパイ大作戦)

宇兵衛「あ、あ、煙が。たいしたたまげた」(ねぼけていて蚊取り線香だとは気づかない)

◆かくして桜田宇兵衛は、主君為信の命を受け、津軽家にとっては不倶戴天の敵、南部領へと潜入した。

◆月日が流れて、南部領に潜行していた桜田宇兵衛が津軽に戻って来た。宇兵衛の顔をみた為信は仰天した。自分で敵地に送り出しておいて、そのことをすっかり忘れていた。いや、忘れていたというのは正確ではない。一向に帰って来ない桜田宇兵衛を死んだものと思い、養子を迎えて桜田家の家督を継がせてしまっていたのだ。まさに勤め先に戻ったら「席がなくなっていた」のであった。

◆まずい、と為信は思ったであろう。いっそのこと殺してしまおうか、というドス黒い感情も涌き出て来た。とりあえず、宇兵衛の労をねぎらい、家に帰ろうとする彼を強引に引きとめご馳走攻めにしようと考えた。宇兵衛を酔っ払わせておいて「桜田家養子の一件」を呑ませてしまおうというのだ。が、宇兵衛は「帰る」と言って聞かない。

◆家へ戻った宇兵衛は驚いた。そこにはもう一人の桜田宇兵衛がいるではないか。ようやく事情を呑み込んだ宇兵衛が怒りにふるえたことは言うまでもない。すぐさまUターンして為信の館へ戻った。

◆宇兵衛は、うっかりものの主君に文句を言った。この頃の津軽家は大名というより盗賊団に毛が生えたようなもの。家臣も主君に対し遠慮がない。

宇兵衛「わさ、南部の様子を探ってけねがど言ったっけ。どすば?」
為信「したばって、どすば?」
宇兵衛「どんだもかんだもね。なんちゃもきがね。ばがくせ」
為信「わさ、べぐつけるな」

◆本気で怒ってしまった宇兵衛は「今日から何もしない」宣言を口にした。宇兵衛が子供の頃に世話を焼いた為信の妻戌姫がその様子をみかねて言った。彼女は豊臣秀吉の妻北政所のように家臣の息子たちを預かって手元で育てていた時期があったのだ。

戌姫「又七(宇兵衛の幼名)、今日からわたしのところへいらっしゃい」

幼名のままでは困るので、宇兵衛は斎藤平内兵衛という名前を新しくつけてもらった。ただし、役職にはつかず、毎日、為信の妻のもとで飲んで食って寝るだけの生活を送っていた。そのうち、何とも都合のいいことだが、わざわざよそから養子を入れて継がせた桜田家の当主が頓死した。さらに好都合?なことに、家を継ぐべき嗣子がいなかったらしい。為信の妻戌姫(その頃は為信が亡くなっており落飾して仙桃院といった)の右筆という役目についた宇兵衛は同時に「桜田宇兵衛」の名を継ぐべし、とのお許しをもらい、旧に復したという。又七の桜田宇兵衛が、それを喜んだか、それとも戌姫のところでの上げ膳据え膳の生活が終わることを嘆いたか。それはさだかではない。

◆で、あなたの席は、まだ、あるだろうか。




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