092「摩訶不思議・長宗我部鞍」



中ノ内惣右衛門(?―?)

実名不詳。道号惣入。長宗我部元親・盛親の二代に仕える。永禄五年(一五六二)、本山氏の吉良城攻めをはじめ元親の四国平定戦に従軍。慶長五年(一六〇〇)、関ヶ原の合戦に盛親に従って参戦したが、土佐へ敗退。主家没落とともに浪人となったが、慶長十九年、盛親が豊臣秀頼の招きに応じて大坂城に入城するとこれに従った。翌慶長二十年、大坂落城後、盛親とともに逃亡したが、捕らえられる。一命を許され土佐へ帰国後、出家し惣入と称したとも阿波蜂須賀家に仕えたともいう。

◆慶長二十年(一六一五)五月八日、すでに前日までの合戦で真田幸村をはじめ名だたる武将たちは討死し、大坂城は徳川家康・秀忠をはじめとする全国の大名の軍勢によって包囲され、紅蓮の炎の中で豊臣秀頼・淀殿母子は生涯を閉じた。

◆しかし、大名出身の三人衆、あるいは五人衆の一といわれた長宗我部盛親は落城とともに持ち場の京橋を離れ、わずかな従者とともに落ち延びていた。盛親は関ヶ原の合戦で心ならずも西軍に与し、その所領土佐一国を召し上がられ、洛中において寺子屋をひらきながら糊口をしのぐ身分にまで落ちぶれていた。こたび、乾坤一擲、武将としての最後の花を咲かせるべく、いや、あわよくば勝利のあかつきには旧領土佐を含む四国一国を所望せんとはりきって大坂城へ入ったものの、またもや負け戦となってしまった。

◆大坂方の敗北が決定的になると、盛親はもう死に花を咲かせようという胆力も意志も雲散霧消してしまったらしい。家臣の中ノ内惣右衛門に「おい、逃げるぞ」と京橋口守備の任務を放棄してしまった。ところが、わずか三日後には主従して捕らえられ、五月十五日には斬首されてしまったのだから、ざまはない。

◆何でも盛親が空腹を訴えるので、中ノ内惣右衛門が小判で餅を買ったらしい。筆者の体験だが、鼻たらした子供の頃、お札を持って駄菓子屋へ行くと、お店から親へ「注進」がいったものだった。小額のお札は持っていたけれども使用するには親の許可が必要だったのだ。小銭しか持たない時と結果的に買うものは同じなのだが量は多い。昔は「子供には大金を持たせられない」という意識が残っていた。かくして筆者を含むガキ連中はこっぴどく怒られる結果になるのだが、それはおいといて・・・・・・。盛親主従も甲冑などはとうに捨てて野良着のようなものを身につけていた。そんな身なりの中ノ内惣右衛門が差出した小判に店の主人は「おかしい・・・・・・」と疑いの心を持ったのである。主人の密告によって葦の中でへばっていた盛親は蜂須賀家の武士たちにとりおさえられた。

◆盛親は一軍の将であったし、藤堂高虎の軍勢を完膚なきまでに粉砕した戦果もあげている。助命するわけにはいかなかったが、腰巾着にようについてきた中ノ内惣右衛門はおめこぼしに預かった。盛親は小判で餅を買うというヘマをやった惣右衛門に形見として家伝来の鞍を手渡した。形見を持って惣右衛門はなくなく故郷の土佐へ帰っていったのである。

◆ようやく主題に入ることができる。土佐へ帰った惣右衛門は帰農したともいわれているが、どうやら惣右衛門かあるいはその一族の誰かが阿波の蜂須賀家に仕官したらしい。「中ノ内家には不思議な鞍がある」という風聞がひろまり出していた。「中ノ内家の者や長宗我部の旧臣たちが使用する分には何の差し障りもないが、それ以外の者が用いると必ず落馬する」というものだった。

◆蜂須賀家の侍たちは四国ではいわばよそものである。四国の支配者であった「長宗我部」の名には過敏なくらいに反応する。いや、蜂須賀氏が領する阿波という土地柄もあっただろう。阿波や伊予などはかつて長宗我部の一両具足に蹂躙された恐怖の記憶を持っている。

武士A「よし、中ノ内の家へ行って例の長宗我部鞍を試してやろうか」
武士B「それはよい。家中の馬の名手も連れていこう」

◆中ノ内家では「またか・・・・・・」と思ったが、蜂須賀家の侍には逆らえない。「長宗我部鞍、乗りこなしたら差し上げます」と言ったかどうか。

結果は、武士Aと武士Bはあえなく落馬。

武士A「ちっくしょー」
武士B「あと少しだったのに」
武士C「貴公たちは気性の激しい馬に嫌われただけだ。見ていろ」

三人目の挑戦者は気性のおとなしい馬に鞍をつけ、ヒラリとまたがった。どうじゃ、とそっくりかえった姿勢でカッポカッポ進ませる。

武士A「おお」
武士B「長宗我部鞍を乗りこなした!」

ところが、二町も行ったところ、男はあっけなく馬から落ちてしまった。

◆この逸話はおそらく、敗者長宗我部旧臣たちの子孫がひろめたものであるかもしれない。新しい支配者蜂須賀氏にも乗りこなせない(支配できない)鞍ということで自尊心をわずかでも満足させていたのかもしれない。

◆中内家の「長宗我部鞍」は代々、大切に秘蔵されたということである。




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