056「能登畠山文化の必勝作戦」



長続連(?―1577)


勝重、新九郎、九郎左衛門、対馬守。能登畠山氏の家臣。同国穴水城主。実は平加賀秀連の子で、長家に養子に入る。畠山重臣として重きをなし、次第にその権勢は主家を凌ぐほどになる。実質、能登畠山家を傀儡とし、重臣たちによる合議制を布き、織田信長と親交をむすぶ。天正五年(1577)、上杉謙信の北陸侵攻に対し、七尾城に籠ったが、城中で疫病が蔓延し、内応者を出して落城。一族もろとも上杉方に討たれた。


◆籠城戦でやはり一番神経を使うのは、食料・水などの備蓄である。とくに水は深刻だ。人間、水だけならば食べ物を口にしなくてもある程度までは生きられる。現在でも水・電気・ガスは災害時の対策が問われるライフラインである。

◆攻城のポイントのひとつに「水の手を切る」ということがある。たいていは河川か涌き水なのだが、城方の水の補給路を断ってしまい、日乾しにしてしまおうという作戦だ。

◆天正五年(1577)、越後の雄上杉謙信は、越中に続いて能登・加賀を併呑すべく、三万余の軍勢で七尾城を囲んだ。七尾城は能登畠山氏の居城であったが、畠山一族はすでに実力を失い、実権を握っているのは、長続連を筆頭とする重臣連合である。しかし、実権とはいっても同レベルの者たちが寄り集まって物事を決めなければならないし、旗頭となる畠山一族の幼君に対する忠誠も薄い。家臣団は織田派と上杉派に分かれてしまっており、到底、一枚岩とは言えない。

◆こうした能登の混乱に乗じて、謙信は畠山氏の一族である上杉義春を手駒として進出、七尾城を包囲したのだ。しかし、七尾城は難攻不落の城。堅固な守りによって上杉勢も思わぬ苦戦。若い頃ならば力攻めもしたであろうが、謙信もこの頃はすでに晩年。七尾城をぐるりと包囲して、持久戦のかまえ。水の手を断とうという魂胆だ。七尾城は松尾山の山頂に築かれており、山城の弱点でもある水の補給には苦労している。すでに城内には水が尽きかけていた。

続連「ううむ。あと少し時間稼ぎができたら、必ずや織田信長どのが救援に駆けつけてくれるはずじゃ。何としてでもそれまでは持ちこたえなければならぬ」

◆上杉勢としても、後ろ巻きの織田の軍勢が出張ってくるまでにはケリをつけたい。その彼らの前に驚くべきものが出現した。

越後兵A「あ、あれはなんだ?」
越後兵B「滝が流れておる」
越後兵A「あんなところに滝があったかのう?」

◆城方はけっこうしぶとい。井戸とおぼしきものも破壊し、水の補給には困っているはずなのに、ピンピンしている。しかも七尾城が築かれている松尾山の山腹からは滝らしきものが見える。あの滝があるかぎり、城兵の戦意は衰えないであろう、と寄せ手のほうははやくも厭戦気分。

続連「フハハハ。謙信め、畠山式ウォーターライスダーの威力をみたか」
家臣「さぞや上杉もあっけにとられておりましょう」
続連「うむ。われながらグッドアイディアだ。能登畠山文化百年の洗練された知恵の結晶だ。越後の芋侍とは所詮、頭の出来が違うのだ。ほれ、水を切らさぬように気をつけい」

続連が命じているのは、岩の間に白米を間断なく「流す」ことだ。岩の上で米を流すもの、下で受けてすぐさま上へバケツリレーよろしく送り返し、またサラサラ・・・・・・。遠目からはキラキラ光って水が流れているように見える・・・だろうという狙い。ウォータースライダーならぬウォーターライスダーである。けっこう、これも骨の折れる作業だと思うのだが。滝が流れたり止まったりするのはおかしいので、米を流すのを休めるのは夜の間だけである。

◆ところが、擬装作戦を開始してから間もなくのこと。

家臣「あ〜、と、鳥が!」
続連「鳥がどうした!」
家臣「鳥が滝の水をついばんでおりまする〜」

なんと、次々に舞い降りる鳥たちが、滝の水に見たてた米をつっついているではないか。滝の水ばかりでなく、流し役の兵が持っている笊にまで群がる始末。

続連「ああ、水がとまっているぅ〜。はやく鳥どもを追い立てんか!」

◆一方、この様子は寄せ手の上杉陣営にも伝わった。川中島の合戦で武田方の夜襲を見切ったほどの謙信である。指揮丈の青竹をヒュッとうならせつつ、米でこしらえた滝を指し示して言った。

謙信「あの滝はおそらく白米を水に擬したものであろう。だから、鳥どもが集まっておるのだ。おそらく城中には水が不足しているに違いない」

総攻撃の命を下す謙信。米の滝がバレて、その上、城中から内応者も出ては、いかに堅固な七尾城とてひとたまりもない。ついに城は陥落し、長続連は一族百人とともに上杉方によって斬られてしまった。

◆米を水に擬装させる話はわりと多い。七尾城の長続連ほど大規模ではないが、米を馬にばらまくことによって、敵に馬を洗っていると見せかけた蒲生貞秀のような成功事例もある。たいていの場合はバレて落城してしまうようだが。





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