054「強右衛門は旗になった」



鳥居勝商(?―1575)


強右衛門。奥平信昌の家臣。天正三年(1575)、信昌が長篠城主となるとこれに従い、武田勝頼を相手に籠城。味方の支援を請うべく城を脱して密使として岡崎へ赴き、織田信長・徳川家康に謁見。その帰途、武田方に捕らえられて篠場野、あるいは有海ヶ原で磔刑にされた。実名といわれる勝商は確実な文書では確認できない。


◆鳥居強右衛門は、すでにシンボル化されている趣がある。甲冑武者に白い頭巾をかぶせれば、「上杉謙信?」と思うように、ふんどし一丁で磔刑にされている武者絵があれば、戦国ファンであれば「ああ、鳥居強右衛門か」と思うだろう。

◆このような有名なエピソードを、今さらくわしく述べる必要もないし、ましてや鳥居強右衛門はこの逸話だけで有名なのである。長篠の合戦が扱われている小説を読んでもらうほうが手っ取り早く、本コーナーにわざわざ登場させるだけでも気がひけるのだが、本題に入る前の前置きとして、まあ、かいつまんで書こう。


◆天正三年、武田勝頼が長篠城を囲んだ。守将奥平信昌は後詰の援軍を求めるため、鳥居強右衛門を密使として岡崎城へ遣わすことに決めた。合図は三日後、かんほうヶ嶺から狼煙をあげることに。二度なら後詰はなし。三度ならば後詰あり。
強右衛門は武田方の包囲網を抜け、無事に岡崎にたどりつき、織田信長と徳川家康に謁見した。強右衛門の訴えに、両将は救援を約束。喜んだ強右衛門は信長が引きとめるのを振り切って城へ戻る。かんほうヶ嶺から約束の合図の狼煙をあげようとしたところ、武田方に見つかって捕らえられてしまった。(狼煙をあげたとかあげなかったとかは諸説あり)武田勝頼に「後詰は来ないと城に向かって叫べば、命は助けてやるぞ」と言われ、強右衛門は承諾。長篠城の近くまで連れていかれたところ、「もうすぐ味方が助けにくるぞー」と叫んだ。怒った勝頼は強右衛門を磔刑にして見せしめにした。しかし、強右衛門の言葉に勇気づけられた奥平信昌以下籠城の兵士たちはなおも頑強に抵抗して長篠合戦の勝因となった、というエピソード。本によって多少の違いはあるが、小説や時代劇でも必ずといっていいほど語られる話だ。

◆まさに「戦国残念だったで賞」なんてのがあれば、たぶんノミネートされたのではないか。結果から言えば、誰が残念だったのか、よくわからないが(笑)。

◆ところで、最初にも書いたように、鳥居強右衛門はこのエピソードだけで有名になった。ほかにどういうことをした人かわかっていない。それなのに現在でも彼を好きだという人は多い。そして、当時においても熱狂的なファンがいた。男の名は落合左平次道久。武田方として長篠の合戦に従軍して、磔刑にされた鳥居強右衛門の姿を実際に目撃し、ひとめぼれしてしまったのだ。敵に恋するとは、まさに戦国版・ロミオとジュリエット(違うって)。

左平次「かっこいいなあ・・・・・・。あれこそ、武士の鑑というもの。あの最期の姿を後世に伝えたいものだ」
同僚A「何してるんだ、左平次」
左平次「鳥居強右衛門、描いてるの」
同僚A「あん?」

見れば、磔刑に処された人物画が描かれている。たくましいフンドシ一丁の男である。なかなか真に迫っており、フンドシの脇から剛毛がはみ出ている点など、なかなか芸がこまかい。戦国時代にプリクラがあれば、きっと左平次は磔刑の鳥居強右衛門のフレームで撮ったに違いない。

◆落合左平次の強右衛門熱は絵に描いて残しただけでは冷めやらなかった。

同僚B「何してるんだ、左平次」
左平次「鳥居強右衛門の旗、つくってるの」
同僚B「あん?」

見れば、長篠の戦場で描いた絵をあしらった旗指物がひろげられている。フンドシ一丁の男がいかめしい顔で睨んでいる絵を見て、同僚が思わず吹き出す。

同僚B「ぷっ。おまえ、これ持って戦場へ行くのか?」
左平次「イエース。強そうでしょう?」
同僚B「変わったやつだなあ」
左平次「強右衛門どのが磔刑にされた時、ミーの心もはりつけられちゃったのさー」
同僚B「・・・・・・」

以来、落合左平次は、巨大な鳥居強右衛門の姿を描いた旗指物をかかげて戦場を馳駆した。敵はさぞかし浮き足立って遁走したに違いない。左平次は強右衛門の旗をふりかざしながら、叫んでいたに違いない。

左平次「Do you know me?」

◆落合左平次は、味方が大敗した長篠から無事生還し、なおも衰退する武田家に仕えた。天正十年に武田家が滅亡すると、徳川家康に従い、紀伊徳川頼宣の家臣となった。この人もほとんど強右衛門の旗指物を用いたことだけで有名になった。

◆磔刑の旗指物は武功の士だけに許された、いわゆる「御免指物」に指定されていたようである。現代における用途としては、お子さまランチの日の丸のかわりはどうだろう。ミニ強右衛門の旗をごはんの上にたて、うるさい子供を黙らせるのにも有効と思われるのだが。


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