051「茶タデー・ナイト・フィーバー」



織田長益(1547―1621)


源五、従四位下、侍従。有楽斎如庵。初号は無楽との説もある。父は織田信秀。天正十年(1582)、織田信忠に従って木曽口より甲州征伐に参加し、信州深志城を攻略。本能寺の変後、甥の織田信雄に仕え、検地奉行などを勤めた。のちに豊臣秀吉の御伽衆に加えられ、文禄の役には肥前名護屋に駐屯。関ケ原合戦で徳川家康に味方し、大和で三万石を与えられたが、大坂城で引き続き豊臣秀頼を補佐した。大坂夏の陣直前に城を退去し、京都建仁寺正伝院に隠棲した。千利休の高弟として、茶道有楽流を創始。茶室如庵は国宝となっている。法名正伝院如庵有楽。室は平手政秀の女。


◆有楽斎こと織田長益に対して、世評は、あんまり芳しくない。彼の江戸屋敷があったことに起因する有楽町にしてからが『♪有楽町で逢いましょう』のほうが有名だ。東京国際フォーラムに太田道灌の像は建っていても、有楽斎は建っていない。

◆兄の信長が本能寺において「是非に及ばず」と自刃して果てた際も、甥の信忠のいる二条城から脱出して、「♪織田の源五は人ではないよ、お腹召せ召せ召させておいて、我は安土へ逃るハ源五、むつき(六月)二日に大水出て、お田(織田)の原なる名を流す」なんて京童のネタにされている。関ケ原の合戦でも西軍の戸田勝成を討っているが、東軍内では、人づきあいのよかった戸田を惜しむ声のほうが多く、なぜか有楽斎の戦功はまったくといっていいほど語られていない。また、後年、大坂城で豊臣秀頼を補佐する立場にありながら、城中の様子を徳川方へ知らせていたという逸話(本当かどうかは知りませんよ)もある。しかも開戦直前に城を出てしまうのであるから、まさに「お腹召させておいて」自分は逃げる、ということなのだ。

◆ただ、凡庸ぞろいの信長の一族の中にあって、やはり一流の茶人、文化人として異彩を放つ存在であったことは評価すべきであると思う。信長の衣鉢こそ継げなかったが、立派に名を成した人だ。織田一族では彼のほかにはいない。カズシゲくんやカツノリくんは少し有楽斎の生き方も学んでみてはどうだろうか。

◆兄の信長が本能寺で倒れ、生き残った織田長益は時流の変転についていけず、悶々とした日々を送っていた。有楽斎と号する前、無楽と名乗ってちょっと不貞腐れていた彼は、豊臣秀吉から「楽しみがない、というのを改めて、今後は楽しみありとしてはどうか」とすすめられた。こうして織田有楽斎が誕生し、以後、茶の世界にのめり込んでいくようになった・・・とは江戸期の『落穂集』が伝える話。

◆名人有楽斎の茶会に招かれるのは、大名たちの間でも自慢のたね。当代随一と評される粋人の演出も楽しみのひとつ。今回は「庭に石灯籠を新しくしつらえたので、ぜひ鑑賞されたし」という趣向だ。招待を受けた大名たちはさっそく有楽斎の屋敷へやって来た。

◆石灯籠の灯を鑑賞するのが目的であるから、当然、集合時間は未明のことである。誘われた人々も知ったかぶりや受け売り、薀蓄のオンパレード。

大名A「暁闇の中に石灯籠の灯はさぞや映えましょうなあ」
大名B「なるほど、風流。石灯籠の形にもいろいろありましてな・・・」
大名C「それにしても、有楽斎どのはいずれに?」

そこへ織田家の家臣がやってきて、ご挨拶。

家臣「あるじは老体ゆえ、まだ休んでおりまして、まだ炉の火も入れてはおりません。御一同様には小座敷のほうへお通しいたすよう申しつかっております」
大名A「これはしたり。客人をほったらかして、朝寝とは」

一同は内心、有楽斎の不覚を嘲ったが、待てと言われているのに帰るのは失礼。それに未明から招かれておいて、すごすご手ぶらで戻るのも口惜しい。いささか拍子抜けしたが、案内にしたがって待たせてもらうことにした。

◆とはいえ、庭に面した小座敷に通されると、

家臣B「オッ、ご覧あれ」

一人が庭の暗がりを指し示す。庭に新しくしつらえたという石灯籠には、ぽつんと灯が点っている。どうやら、有楽斎が家臣に命じておいたものらしい。暁闇の冷気と、葉の上に露が置かれる音さえ響くかと思われる静寂の中で、石灯籠の灯はえもいわれぬ幻想世界を現出している。客たちはしばし、幽玄なる光景に目を奪われていた。

◆その頃、ようやく寝床から這い出した有楽斎は・・・ぐわぁらぐわぁら・・・ペッ・・・とうがいをしていた。

◆小座敷では、どこからともなく聞こえてくる琵琶の音に一同が耳をそばだてている。

大名A「こんな夜更けに誰が弾くのであろうか。琵琶の音がひときわ胸にしみいりますな」

♪甍やぶれて霧不断の香を焚きィ、とぼそおちては月常住の灯をかかぐゥ・・・ベベンベンベン

大名C「小原御幸ですな」(涙目)

小原御幸は、後白河法皇が壇ノ浦合戦で生き残った建礼門院(平清盛の娘徳子)を大原寂光院の閑居にたずねる物語である。幽玄の光景に魂までも奪われたような状態で哀れな物語を聞かされ、感情を激しく揺さぶられる一同、流れる涙をおさえることあたわず。
やがて、琵琶の音が消えるとともに、暁の光が差し込んできた。

大名一同「アンコール!アンコール!アンコール!」(手拍子)

◆そこへ寝ぼけ眼をこすって現れた有楽斎。

有楽斎「やっ。御一同、申し訳ござらぬ。老人の朝寝、お許しくだされ。ささ、夜気にあたってさぞかし冷えたことでござろう。茶など一服、いかがでござるか」


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