050「ぼやき爺のお正月」



毛利元就(1497―1571)


松寿丸、少輔次郎、治部少輔、右馬頭、陸奥守、従四位下。弘元の次男。母は福原広俊の女。永正十三年(1556)、実兄興元の死により甥幸松丸を補佐するが、その死後、正式に毛利家の家督を継ぎ、郡山城主となる。大内義隆に臣従し、尼子晴久と戦う。弘治元年、義隆を滅ぼした陶晴賢を厳島に急襲し、敗死させる。その後、大内氏の遺領を平定して自立に成功。永禄九年(1566)、出雲尼子氏を降伏させて中国第一の大名となる。行政面では五人奉行制を整備し、次男三男を養子に入れた吉川氏、小早川氏による「両川体制」をつくりあげ、本家を継いだ嫡男隆元ついでその子輝元を補佐させた。室は吉川国経の女(妙玖)。


◆Xファイルも50回目を迎えた。50人目の人物として誰に登場願おうかと思案していたところ、お正月について語っている元就の逸話があったので、これを紹介したい。

◆杉の大方が亡くなった後は、もちろん郡山城内ではいちばんの早起き。手水でうがいをし、東に面した縁側が元就の指定席で、ここに座って、口を大きく開けて「あ〜」とやっている。「おてんとうさまを飲む」という、これが少年時代からの日課だ。

◆そこへやって来たのは、近習の粟屋弥次郎。あ゛〜とやっている元就のそばに行き、口上を述べた

粟屋「大殿。元三のお祝いの支度ができましたので、どうぞお召し上がりくださいませ」
元就「あ゛―――」
粟屋「あの、大殿・・・」
元就「あ〜あ」

ようやく元就は日課を終えると、席を立ち、粟屋弥次郎のほうを向いた。

元就「あ〜、弥次よ。そのほうは元三を祝う道理を知っておるか?」

元三(がんさん)とは、元旦のことである。年・月・日の三つの元(はじめ)という意味だ。元三日ともいい、のちには正月三が日の意味にも使われるようになった。元就はこの元三の儀式をことのほか大切にしていた。

◆さて、粟屋弥次郎が答えに窮していると、元就は顎鬚をしごきながら、では、教えてつかわそう、ともったいぶった態度で話し出した。

元就「元三とはな、普通は昆布や栗を食べて、お屠蘇を飲み、自分の長寿や家族の繁栄を祝うわけだが、わしゃの、妙玖が亡くなってからというもの、ハア、領民のことやら家中のことまでもひとりで目配りせにゃならんようになったけ。あんまり考え事が多いので、寅の刻限には起きて、思いをめぐらしておるわけじゃ。この一年のあらゆることに思いをめぐらす。前の年は洪水が発生したかと思ったら、日照り続き。言うこと聞かぬ者どもが乱を起こして、勝手気ままに振る舞いおるじゃろ。じゃから、わしゃあの、とりわけ、民を救う手だて、家臣たちに言いつける事柄、領国の保全。これを祈ることこそ、元三の祝いというものなのじゃ。一年の計は春にあり、一日の計は寅の刻にあり、一生の計は努力にある。起きるべき時に起きず、その日の用を欠くことは、将たる者の行いとは、ハア、言えんのう」

◆それを聞いて、粟屋弥次郎は、ハハア、大殿は寅の刻(午前四時)からずっとボヤいていたのか、と納得する。一年の計もへったくれもない、元就は前日の大晦日も洪水はどうの、家中の乱れがどうの、とボヤいていたからだ。元旦に怒ったらその一年の間中怒っている、と言われるから、普通は穏やか笑って過ごそうと考える。しかし、元就はこんな調子だから、新しい一年はまたまた愚痴とボヤキの協奏曲になるのであろう。それよりも元就がはたしてお年玉をくれるのかどうかのほうが気にかかる。

元就「さてと、弥次郎。せっかくの元三の祝いじゃ。少し運動してから参るとするかの」
粟屋「は?」
元就「その辺に積もっておる雪を器にすくって、座敷へ持ってまいれ」
粟屋「いかがいたすので?」
元就「知れたこと。雪合戦をするのじゃ。」
粟屋「雪合戦ならば、庭でなされたほうが・・・」
元就「あほう。外は寒いではないか」

座敷内での雪合戦の話は『名将言行録』にも記されているところである。

元就がクイックモーションで投げた雪だまをサッとかわした粟屋弥次郎。雪だまはちょうど廊下を歩いてきた元就の後室中の丸に命中。

中の丸「まあ!大殿。なんてことを」
元就「うわ」
中の丸「いやしくも毛利を束ねる御身が座敷で雪合戦などと。亡き奥方様や隆元どのが知ったらさぞお嘆きになりまするぞ」
元就「わかった。わしが悪かったわしが悪かった。ぶたないで。ほれ、元日に怒ると怒りっぱなしの一年になるぞ」
中の丸「では、大殿は怒られっぱなしの一年にございまするな」

◆毛利家の元日、といえば、二五〇年間続いたと伝えられる、あの有名な逸話を想像する方もいるであろう。

家臣「今年はいかがにございますか?」(座敷で雪合戦をなされますか?)
当主「いや、まだ機は熟さぬ」(いや、奥の目が光っておる)

あなたも、あなただけの「お正月の秘密の儀式」を毎年行ってはいかがであろうか?


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