038「無駄遣いしてはなりませぬ」



尾崎局(1530―1572)


小侍従局。長門国守護代内藤興盛の三女。天文十八年(1549)、大内義隆の養女となり、毛利元就の嫡男隆元に嫁ぐ。文人としても名高い父の影響もあり、高い教養を身につけていたという。郡山城内の尾崎丸に住したことから「尾崎の局」と称する。元就が井上一族を粛正した際、尾崎局を通じて大内氏の意向を図るなど、政治面でも活躍。大内氏の滅亡により、実家である内藤家が断絶した後、弟隆春を毛利氏に仕えさせ、家名再興を許された。永禄六年(1563)、夫隆元と死別。遺児幸鶴丸(輝元)の養育に意を注ぎ、他方、舅元就の補佐をして毛利一族の宥和に尽力した。元亀三年(1572)九月晦日没。法名妙寿寺殿仁英寿公大姉。郡山城内に墓がある。


◆毛利家の若き当主輝元は、立派に(?)元服。叔父吉川元春に後見されて山陰路を転戦していた。長く苦しい戦場にあって輝元の心をなごませるものは、折々、吉田から届く母尾崎局の便りである。

◆長期間の滞陣にも飽きると、気晴らしにショッピングにも出かけてみたくなるもの。ちょうど商人たちが集まって兵を相手に店を構えている。

◆売店から帰ってきた元春と元長、そして輝元。

元春「輝元、大殿がいつも言われているようにな、酒はやめよ。酒よりは駄菓子がよい」
輝元「アッ、あたり」(駄菓子の棒を見る)
元長「すごい。もう一本だ!」(従兄弟の手元をのぞきこむ)
元春「おお。やったな、輝元!」(ガッツポーズ)

輝元が駄菓子のあたりをひきかえに行こうとするのを、家臣が呼び止める。

家臣「吉田から書状が届いております」
輝元「おお。母上からか!」

輝元、駄菓子をほおばりながら、書状をひらく。

尾崎『あき人きたり候や、たれか見候てとり候や、やくにもたたぬ物とりおき候ては、造作に候』
(商人は来ましたか?買い物は誰が選んでくれたのですか?役にも立たないものを買ってはなりませんよ)

輝元「母上・・・」
元春(姉上・・・)

輝元「叔父上・・・」
元春「て、輝元。返書じゃ。返書」
輝元「なんと書きましょう。母上はみんなお見通しです」(半べそ)
元春「お、落ち着け落ち着け。落ち着かぬとよい考えが浮かばぬ。酒でも飲みながら、いやー、酒はいかん!」
家臣「敵襲!」
元春「クソッ、この忙しい時に。お菓子のあたりを引き換えなければ・・・いや返書が先だ!」

◆吉田郡山城内。珍しく体調を崩した元就の世話のかたわら、尾崎局は奥向きのことをとりしきっている。多忙の合間に、届けられた息子からの書状をひらくのが彼女の楽しみでもある。そこへおじゃま虫モードの元就がヨロヨロと現れる。

元就「輝元から書状が参ったとな?」
尾崎「まあ。父上様。起きてらしてよろしいのでございますか?」
元就「なんの。さきほどもな、口を開けてな、お日様を飲んでたのじゃ。ほれ、このとおり足腰も衰えてはおらぬわい(*注)。輝元の書状を見せておくれ」


(*注)元就が病臥したのは永禄九年。翌年の正月には側室に末っ子秀包が誕生している。ひとりで病臥していたわけではないのである。


元就、尾崎局から受け取った書状を読む。

元就「輝元は元気そうじゃのう」
尾崎「はい。ただいま返書をしたためていたところでございますが、大殿から何かお伝えしたきことはございますか?」
元就「おお。それはちょうどよい。だが、そなたの書状にわしが割込んだら、すまぬからの。ちょっとだけ、ちょっとだけでよいぞォ」
尾崎「どうぞどうぞ。わたくしが代わりに書きますから」
元就「すまん。すまんのう。あー、輝元にはな、くれぐれも酒を慎むようにな、そのほうから返事を書いてやってくれ。どうも隠れてこそこそ飲んでいるようじゃ。わしゃ、気がかりでおちおち寝ていることもかなわぬ。隆元に続いて輝元まで死なせたらな、あの世で妙玖に叱られてしまう。わしゃのう、それが恐ろしいのじゃ。あの世で拒まれたら、わしには行くところがなくなるからの。そのほうも内々、気をつけておくれ。わしがこの年まで長生きできた理由がわかるか?それはな、下戸だったからじゃ。じじさまも、父上も、兄上も、みんな酒でからだをこわして早くに死んでしもうたー。じじさまは、ひいふうみい・・・三十三歳。父上は、三十九歳。兄上は、二十四歳。みんな、酒のせいじゃあ。わしは下戸だったおかげで、七十、八十になるまで長生きできた。酒はいかん、饅頭のほうがよいのう。酒飲みはな、話しがくどい。くだらぬことを愚痴愚痴とぼやきおる」
尾崎「かしこまりました」

尾崎、泰然として、紙をどんどん継ぎ足し、元就の言葉をうつしとる。横で眺めている元就。

元就「そのほうの書状もだんだん長くなっていくのう・・・」
尾崎「いいえ。大殿にはかないません。はい、それから?」
元就「くどくど書くよりも、簡潔なのがよいぞ、簡潔にな。すべからく、書状というのはな、用件が伝わりさえすればよいのじゃ。あまりに長くては言いたいことが何なのかわからんからのう・・・(以下略)」

◆舅と嫁、というのは互いに腫れ物に触るようで、なかなか滑稽な関係でもある。なお、本稿の元就の愚痴の部分は、実際には元就が尾崎局へ宛てた書状(毛利家文書所収)という形で残っている。会話形式としたのは筆者の脚色である。



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