007「ある時はイラストレーター、ある時は兄貴の身代わり」



武田信廉(?―1582)

孫六、刑部少輔、逍遥軒信綱。武田信虎三男(信玄次男説もあるので、これを採れば四男ということになる)。親族衆として騎馬八十騎持ち。信濃高遠城を守備し、天正元年(1573)に落髪。絵画を得意とし、父信虎像(天正2年作)、母大井夫人像を遺している。天正十年三月、甲斐府中相川にて織田方に殺された。
◆江戸時代になると、大名の中にもプロ級の腕前を持つ人々が多く出たが、戦国時代にも武人画家、というのはけっこういたらしい。余技というよりは、精神修養に近かったのではないだろうか。ちょっと指折っただけでも、海北友松、宮本武蔵(本職以外が描いたものの中ではもっとも高価かも)、松平家忠(彼の手になる「家忠日記」は挿絵入りである)、上杉謙信(現存しないが、自画像を書いている)、徳川家康(ちょっと下手)などがいるが、なんといっても武田信玄の弟であり、影武者でもあったといわれる武田信廉が代表格ではないか。(絵画としての価値、は友松、武蔵などのほうがはるかに上だが)

◆信廉といえば、地味なわりには、黒沢映画「影武者」、NHK大河ドラマ「武田信玄」、最近では、劇画「ムカデ戦旗」などにも登場している。一番印象に残ったのは、やはり「影武者」の山崎努であろうか。なんといっても副主人公格であったし、アクの強い山崎の謀将ぶりがなかなかであった。

◆「影武者」自体は、黒沢映画の中ではそれほど傑作とも思われないのだが、なんといっても戦国時代を舞台にした大作が少なくなってきたから、劇場で観ててけっこう楽しめた。謙信や信長、家康、森蘭丸などがチラリと登場するのもよい。

◆「影武者」では絵を書かなかった山崎・信廉だが、現在、伝存する作品には、「武田信虎像」「大井夫人(信虎室)像」などがある。ともに特長をよくとらえており、肖像画としては出色である。画家の知名度も高く、文句なしに「お絵描き大好き武将」ナンバーワンといえよう。これらの作品を手っ取り早く見るには、中公新書『武田信玄』がよいだろう。

◆信廉の最期はよくわかっていない。甥の武田勝頼とも反りがあわなかったらしく、織田軍の信濃侵攻に対して出陣した時も、高島城落城の報に接し、さっさと軍を率いて領地へ引き返してしまった。おかげで諏訪援軍の武田方は有無の一戦も出来ないまま、瓦解してしまった。その後、信廉は織田方に殺されたことは確かだが、恭順の意をあらわせば、ひょっとして助かるのじゃないかと思ったのであろうか。あまいぞ、信廉。織田信忠に降参した信廉の最期は『常山紀談』に記されているが、刀を離そうとしないので、織田方の使者が「ホラ、あれが名高い森武蔵の乗馬ですよ」というのにつられたところを斬られる、というカッコ悪さ・・・。

◆早い話が「あっち向いてホイッ」で殺られてしまったわけだ(涙)。

◆いや、それよりも彼は武士としてよりも画家として生きたかったのではないだろうか。逍遥軒、という彼の号は、ブラブラする、という意味も込められている。ついでに言えば、彼には別に信綱という名も伝わっているが、これは兄の道号「徳栄軒信玄」に対応させる意味で「逍遥軒シンコウ」とよむのが妥当ではないか、と考えている。どんなものであろうか。彼が落髪したのは、ちょうど兄信玄の没年に相当するので、これが原因とも考えられる。

高坂弾正「信廉さまはこれよりは影武者となり、敵国に信玄公あり、と思わせなければなりませぬ」
武田信廉「うむ。そうじゃのう」
高坂弾正「お、おそれながら、御髪も落とされませ」
武田信廉「いたしかたないのう。・・・・・・高坂、手がふるえておるぞ」
高坂、剃刀で信廉を坊主にする。
武田信廉「へっくしょ。なんだかさぶいぜ(笑)」
信廉、つるりとあたまを撫でながらテレる。
高坂弾正「つけヒゲ、つけヒゲ、つけヒゲはどこかしらッ」(ドキドキ)
武田信廉「声が裏返っておるぞ、だいじょうぶか」
高坂弾正「つ、つ、つけヒゲもッ」(ワクワク)
高坂、つけヒゲを見つけ、信廉の鼻口にビターンとおしつける。あせったため、やや斜めにくっついたヒゲ。
武田信廉「あ痛〜」
高坂弾正「・・・・・・」(そっくりだ・・・)
武田信廉「ン、いかがいたした、高坂?」
高坂弾正
「御屋形さまッ♪」
武田信廉「わ、わ、剃刀、剃刀ッ、あ〜れ〜!」

・・・むろん、信廉が「高坂弾正のお相手(つまり信玄)の身代わり」を勤めたなどという記録はない。ただ、兄信玄が多くの女を侍らせ、子もたくさんつくったのに、信廉の妻子についてはくわしい記録が伝わっていないのが不思議である。

◆ともあれ、武田家存亡の危機に際して、信廉がブラブラしていたために、武田軍は軍の態をなさなくなった。しかしながら、武田家滅亡の因を信廉の挙動に求めることは気の毒な気がする。わたしは「イラストレーター信廉」の味方である。

◆欲を言えば、彼に「武田二十四将」の肖像を主題に絵筆をとって欲しかった・・・。 とはいえ、目下の者や家臣筋を描くことは考えられないけどね。

補注 なかなかおもしろいコーナーですね。やっぱり絵画といえば鷹を描かせたら日本一の土岐頼芸かな。「戦国の3バカ」なんていうのもおもしろいかな。(萩原孝正氏)
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