史跡・スポット


独断と偏見のおすすめ度
★★★★★・・・・・・マニアならば必見スポット。
★★★★・・・・・・・意外と知られていない穴場かも。買い物、名物、温泉を求める人には向かない。
★★★・・・・・・・・観光客うじゃうじゃのおきまりコース。買い物好きも大喜び。
★★・・・・・・・・・時間つぶしか他に予定がなければ。
・・・・・・・・・・はずれ。話題にしたくもない。

吉田郡山城★★★★★

郡山全体を要塞化した戦国時代屈指の山城。たとえば、本丸は標高三八九.七米で、上杉氏の春日山城の倍の高さ。山腹には元就をはじめとする一族の墓所、元就火葬の地、百万一心の碑などが点在している。麓の吉田町歴史民族資料館で詳細なマップを入手すると便利。本丸までは元就墓所から約八〇〇米の山道を登る。周囲では現在も遺構を発掘作業中。広島県高田郡吉田町。

毛利隆元墓所★★

永禄六年(1563)、急死した元就嫡男隆元の墓所。享年四十一歳。墓碑には「大膳大夫四位下大江隆元朝臣之墓」と刻まれている。郡山城山麓にある。広島県高田郡吉田町。

吉田町立歴史民俗資料館★★★
吉田町の歴史探訪の基地となるのがココ。郡山城の絵図などが集められているほか、ロビーには郡山城とその周辺の立体模型があり、位置関係を知るのに便利。歴史民俗資料館という性格上、郷土資料に力が注がれている。伝説的な名著・小都勇二著『正続・毛利元就』はここで入手可能。芸備線吉田口下車、車で約十五分。広島県高田郡吉田町。

厳島神社★★★

言わずと知れた日本三景のひとつ、安芸宮島。推古天皇元年(593年)創建。平清盛によって造営された厳島神社のシンボルの大鳥居(現在八代目)はなんと海中に「置かれて」いる。弘治元年(1555)、毛利元就は厳島に渡り、軍勢を集めていた陶晴賢を襲撃、自刃させた。広島県宮島町。

広島城★★★

別名鯉城(りじょう)。己斐という古地名に由来するものという。広島東洋カープの名称はもちろんここから採られた。毛利輝元が築城し、天正十九年、郡山城より移った。以後、毛利氏の萩移封、福島正則の入城・改易を経て、芸州浅野氏の居城となった。昭和二十年、国宝指定されていた天守閣が原爆により倒壊、昭和三三年に北に位置をずらして復元(高さ39mされた。内部は歴史資料館となっているが、外観のほうが素晴らしいという印象である。天守に続いて表御門などの復元も続いており、将来的には小天守をしたがえた連立式の旧の姿が見られるかもしれない。広島県広島市。

萩城★★★
別名指月城。江戸時代を通じて毛利氏の居城であった。現在は石垣、堀などが残るのみ。城内には回遊式庭園や茶室などがある。山口県萩市。

毛利氏庭園★★★★★

明治二十五年に井上馨が旧主毛利氏の本居に選定した。およそ八万四千米の広大な敷地に本邸と回遊式の庭園がある。本邸の一部は現在、毛利博物館になっており、一般公開されている。有名な元就画像、元就所用の色々威腹巻、毛利家の家宝「徳川家康のお墨付き」判物などを所蔵。山口県防府市。

洞春寺★★
元就の三回忌に孫輝元が吉田郡山城内に建立した臨済宗の菩提寺。嘯岳鼎虎禅師開山。鼎虎は文禄の役に小早川隆景にしたがって渡海したこともある。将軍足利義昭による「扶桑十刹」のひとつ。毛利氏の移封によって、山口市内ついで萩市に移された。現在の地に移ったのは明治に入ってからである。大内氏時代の山門や永享二年(1430)建立の観音堂(写真)が国重文に指定されている。山口県山口市。

豊栄神社★★

毛利元就を祭神とする旧別格官弊社。毛利輝元が萩に建立したものだが、明治二年に山口市に移された。寺宝「絹本着色毛利元就画像」(国重文)。境内には先頃、「百万一心」の碑が建てられた(写真左。右は吉田郷土史調査会が建てた郡山城内のもの)。なぜこの寺にあるのかというと、江戸時代に萩藩士が郡山城跡を探索した折、百万一心のオリジナル(現在行方不明)を見つけた。その碑文を写し取って豊栄神社に奉納したため。吉田郡山城内の碑もこの拓本をもとにつくられた。隣接して毛利敬親・元徳を祭る野田神社がある。山口県山口市。

山口県立文書館★★★★
山口県立図書館内に併設されている日本で最初の公文書館。所蔵文書は約二十万点。毛利氏関連のものは、毛利文庫に収められていた藩政時代のものが中心。一般にも公開され、有料で写真複製などができる。隣室には郷土関係図書が集められ、刊行が開始されたばかりの『山口県史』、膨大な『萩藩閥閲録』などが揃っている。仙台市博物館の資料センターについで気に入っている資料館である。山口県山口市。

岩国城★★★★★
慶長十三年、吉川広家が築城。のち一国一城令により破却された。凡百の復興天守の中では抜きんでた美しさをもつが、それも錦帯橋と城山という景観を併せたがゆえの素晴らしさだ。天守へはロープウェイでも行ける。城内は資料館になっている。眺望は抜群で、城下を一望できる。山口県岩国市。

吉川家墓所★★★★
吉川広家とその子女たち、吉川元春室新庄の局などが眠る。墓所は山の中腹まで続いている。墓のそばには石の案内板があるので、誰の墓かすぐにわかるようになっている。山口県岩国市。

吉香公園★★
城山山麓にある岩国藩主居館跡。吉香神社、銀雲閣、武家屋敷などが点在する。岩国名物シロヘビ(天然記念物)はロープウェイ発着所前の観覧所などで見ることができる。城の米蔵に棲みついていたネズミをエサにするうちに白くなってしまったという言い伝えもある。山口県岩国市。

吉川史料館★★★★
平成七年に開館した比較的新しい史料館。こじんまりとしていて展示スペースもやや物足らないが、陳列されているものはどれも逸品ぞろい。わたしが訪れた際には、吉川元春が尼子攻めの陣中で書写した「太平記」、元春所用兜などを見ることができた。山口県岩国市。

岩国徴古館★★
岩国藩政史料、武具など六千点を擁する史料館。建物自体も明治・大正期の雰囲気を醸し出している。『陰徳記』(陰徳太平記の原本)の抄本など独自の史料も刊行しており、ここで入手することができる。山口県岩国市。

照蓮寺★★

龍頭山定林院照蓮寺。天文年間には定林寺といい、小早川家の学問所であったという。照蓮寺が成立したのは関ヶ原合戦後、この地を支配した福島氏の時代。寺宝として小早川隆景が朝鮮より持ち帰ったという「高麗鐘」(口径41cm、963年鋳造)がある。銘文によれば今の韓国全羅南道霊岩県にあった西院の鐘であったらしい。天人像が写っているのがご覧いただけるだろうか(写真)。このほか、照蓮寺内には水軍の猛将浦宗勝の墓所もある。広島県竹原市。

三原城★★

小早川隆景による築城。写真右手がJR三原駅と完全につながっており、天守台に行くには駅舎の中を通過する格好になる。外見はまるで巨大な三原駅の出丸といった形で、無惨なものである。三原城の隣にロータリーがあり、中心に「小早川隆景像」がある。有名な肖像画を模して作られたもののようである。広島県三原市。