虎穴に入らずんば、虎児を得ず
〜子供の心との付き合い方〜


   県立心身障害者コロニー わかば療育園 河野政樹

 私が、小児科で小児の不登校や摂食障害(拒食症など)など心身症・神経症など子供の心と身体に関わる問題に対しての専門外来を開設して7年が経とうとしています。その間に訪れた患者や家族は新患件数で約600例にものぼります。
 私は、子供個人のみを対象とするのではなく、その家族や学校にも協力をお願いして治療をすすめるというスタイルでこれまで治療を行ってきました。お陰で、多くの学校や先生方ともお知り合いにならせて頂きました。大抵のケースで先生方ならびに家族とお会いし、連携を取らせて頂いたり、対応についてお願いをしたり、様々な事を教えても頂きました。
 「赤子の手をひねるようなもの」「子供じみた事を言うな。」「大人しくなさい。」など日本語の表現の中にも何やら子供達を大人よりも下に見てしまうような傾向が我々の中にはあるようです。子供の心と付き合うということは、まずは私たちの心の中にある「子供を見下げている自分」に気づく事が出発点であるように思います。それでは、何故「子供を見下げている自分」が大人の中にあるのでしょうか。それは、大人の心の中には、多くの場合、「子供時代大人から見下げて扱われた自分」が棲んでいて、「大人である自分」に忠告するのです。「良いのかい。そんなに甘やかして、僕の時はこんなには扱われなかったじゃないか。そんなことでは、この子は立派な大人にはなれないよ。」というように。結局時代の流れなどは、全く関係なく・・・子供がそれによってどう変化するのかも関係なく・・・大人の中の子供によって子供が育てられていくそんな悪循環がこの世界では続いているようです。「子供の目線に立つ」言い古されてる言葉ですが、こういう私もなかなかうまく行きません。まだ、私の中の子供の支配から十分に解き放たれてないものですから・・・
 「この子とどう接していけばよいのでしょう。」と家族からも学校の先生方からもよく問われます。家族も学校も決して世の中のマスメディアが声高に訴えているような子供に無関心でも不熱心でもないように私は信じています。しかし、一生懸命やっても気合いや愛情だけで子供は理解できないし、一緒に歩んでも行けないような気持ちに最近はなっています。今の学校や家庭での大人と子供の現状は、例えるならば人(大人)が虎を素手で捕えようとしている姿に写ってしまいます。子供達は、昼寝をしている虎のように一見なにもしない無邪気な存在、ペットのような存在に大人は一方的に勝手に受け取っているかもしれません。まだ、幼少の時はそれでも軽く爪でひっかかれたり、噛みつかれたりの程度かもしれません。しかし、成長と共に牙も爪も自分の心を守るために立派になっていきます。それでも、素手で無理矢理掴もうとするならば、ただただ結果は見えていて双方に大怪我をするだけだと思います。一生懸命愛情や気持ちだけで接しようとして、それに結果がついて来ないときに、大人はそれで意気消沈して自分には手に余ると投げ出してしまうか、その子供のせいににして気持ちを軽くするかどちらかになってしまいます。結局、虎(子供)も傷つけられてしまいます。
 どうして、素手で、それも虎について何の勉強もせずに立ち向かおうとするのか・・・(実は私もこれを繰り返していた。)・・・そこで、大人の知識と力を結集して虎のことを良く知り、虎を捕まえる道具を工夫してもう一度虎(子供の心)を捕まえたくなった人達にこの研究会にお集まり頂ければと思うのです。
 その為に、虎のことをいろんな角度で知っている人たちの知恵を教えて頂いたり、捕まえ方の実践を発表したり、こちらの傷ついた心を癒したり、勇気づけたりそんな場にしたいのです。当面は、学校・医療関係者・心理学の専門家などセミクローズドな会で運営していこうと考えています。興味をもたれて、虎を捕まえたくなった方は是非とも世話人の方にご一報下さいね。

 「動物園の虎の檻は誰のためにあるの?」「僕たちが傷つかないためでしょ。お父さん。」「いや、私たち人間が虎を傷つけないためだよ。」・・・おわり


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