インターネットの普及にともなって、マーケットの在り方が大きく変わろうとしており、それが市場経済の在り方、国家というものの在り方にまで大きく波及しようとしています。このような大きな変化が起ころうとしているとき、以前に起こった大きな変化がどのような帰結をもたらしたか・・・という歴史から学べるところが大きいと感じます。そのような気分でいた時に目に止まったのがこの一冊でした。中川が手にした時期が初版から1年半後であったため、やや「温故知新」の部類に入ってしまうかもしれません。しかしながら、歴史から学ぶことを行為としての4文字熟語で表現するとすれば、それはまさに「温故知新」ということでありましょう。
本書では幕末から明治、大正にかけて情報通信基盤の変化がいかに市場経済、軍事、国家のあり方に影響したのかについて、実証に基づいた的確な視座を与えてくれるように思います。
中川の心に残ったエピソードとして以下のようなものがあります。
幕末の時期に、蒸気船が海上交通に使用されるとともに情報の伝達手段としても早馬や飛脚よりも迅速な手段として活用されはじめました。幕府側でその利用を推進したのが軍艦奉行であった勝海舟。薩摩藩では大久保利通でした。幕末の軍事的衝突の際に、薩摩藩は蒸気船による迅速な情報伝達をフルに活かして反幕府勢力の連合や軍事的リソース配分を的確に行いました。一方、幕府側では蒸気船を情報伝達手段として活用しようとする勝海舟自体が煙たがられ、蒸気船による情報伝達から陸上での昔ながらの伝達に後退しました。それが軍事的衝突の重要局面において、幕府側には致命的となった。このほかにも本書のなかでは、さまざまな業界において新たな通信手段を十分に活かし、情報の時間差を利用して有利に事業を進める先制型の商人群と自らの頑固陋名から脱することができずに、出し抜かれ時代から取り残される商人群の対比などが描かれております。これが軍事、政治面でも同じことが言えたというわけです。
主たる投機の機会、軍事上の重要な戦略ポイントが情報の時間差であり、情報通信の技術革新の成果を積極的に取り入れるかいなかで市場、そして、国家間の競争における勝者が決定されるという構造であったことが示されているのでありました。
現在、インターネットはかつての幕末の蒸気船、明治時代の電信、電話にも似たインパクトをもたらしつつあるように思えます。この新しい仕組みを活用して積極果敢に先制を図る人々が頑迷な人々と市場において入れ替わることでしょう。
一方、著者の石井氏は現在の情報通信革命は、その普及の速度がかつての情報通信手段と比較すると格段に速くなっており、これは「情報独占を突き崩」し、可能性として「個人が<個人としての自立性>を保ちつつ同時に<社会的な存在>として自覚的に生きる新しい人間類型をいかにして創出するかという、今日の人類社会にとっての根本的課題と深く関わっている」(p206)とも指摘しています。
技術面で情報通信手段を排他的に所有すること自体が不可能となることにより、市場における競争の核が、情報通信手段の独占により他者より先んじ出し抜くことから、情報通信手段を使いこなす自立的な人々との的確な協同・協調関係を創出しうるかいなか・・・というところへと変化していくという大きな流れが語られているように思われました。
この本の執筆時点からインターネットの状況は、この国で大きく変化しました。石井氏が予感としてこの本の一番最後で執筆されていたこととネットの現状をどのように評価されるのか・・・。伺ってみたいような気がしました。
目次(大項目のみ) 序 章 <情報化>と<市場化>の歴史的関連 第1章 町飛脚への依存から官営郵便制度の創出へ 1 幕末における伝統的技術の停滞 2 蒸気船における運輸・通信の変化と幕末政局 3 官営郵便制度の創出による情報伝達量の激増 第2章 電信の普及と情報独占の変容 1 海底電線が壊す巨大商社の情報独占 2 国内電信網が変える軍事と経済の姿 3 無線電信の技術開発と実用化 第3章 双方向通信としての電話の出現 1 電話技術の移転と官・私設専用電話 2 交換電話網の利用による情報格差の拡大 終 章 情報独占を突き崩す道
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