98.10.18 20:00〜@plan B 樋口敬子、灰野敬二、グレッグ・ケリー


灰野敬二さんのお名前を認識してからもう20年近くになる。

79年から80年前半あたりまで、ぼくが参加していた絶対零度というバンドがライブをやっていた場。それは、吉祥寺にあったマイナーという場所だった。

灰野さんは、その頃、マイナーで定期的に公演をなさっていたようで、チラシでそのお名前を拝見したり、また、そのチラシにあった写真を見たりしていた。「アンダーグラウンド音楽の闇の王」・・・そう認識していたのだった。

どこかで、気になる存在であったけれども、機が熟するということもなく、とりたてて灰野さんの公演にでかけることもなく、あのマイナーの頃からもはや20年近くが立とうとしている。

遅れ馳せながら、98年10月18日、ぼくははじめて灰野さんのライブをplan Bで体験することができたのであった。いい体験のしかたであったと思う。

昨年あたりから、音楽とか、パフォーマンスとか、ジャンル分けを無意味にしてしまうような素敵なパフォーマンスを、精力的に繰り広げてきた樋口敬子さんの公演にグレッグ・ケリーさん、そして、灰野敬二さんが共演されたのであった。

天井から糸が釣り下がっている。それをピックアップで拾って増幅する。楽器という形をしていないけれども、コントラバスの弦を弾いたような音がする。樋口さんはきゃたつにのって、ひとつひとつの音を確かめるように弾きはじめる。灰野さんは、ストイックな感じの低音を強調したテレキャスターをピックを使うことなく、指で弦をはじき、そして、フレットをわしづかみするような形でギターを弾く。ケリーさんのトランペットは、引き裂かれたような音。それでいながら、控えめな音を奏でる。

そのような形で、この日の即興ははじまった。

ぼくは最初はとまどっていた。即興。往々にして、そういう場において、ぼくはそうなる。

「ああ、なんでおれはここにいるんだろう。なんでここに来てしまったのだろう」

「わからない音だ。」

「リズムとか、ビートとかをもっとはっきりさせたって、罰があたるわけでもないだろう」

というような自分の中での問答が始まってしまう。しかし、そんな思いは、最初のうちだけであった。場の進行につれてこのもやもやは雲散霧消する。

樋口さんがきゃたつをのりおりしながら、その「弦楽器」を演奏する。その姿、表情、しぐさ、そして、「弦楽器」の根源を示すような音にぼくはひきつけられた。

樋口さんのその「弦楽器」との関わり方。それは、地上をはじめて訪れた天使がその「弦楽器」のようなもので音をだすことに思い至り、そして、はじめて実際にその「楽器」に触れながら、音を確かめる。楽器に対する先入観をもたず、純粋無垢に(pureであり、かつ、innocentな)「演奏」している。そのような思いにぼくはとらわれた。

人が楽器の傍らを上下に身体を動かしながら、音を出す。楽器と人との関係に関するぼくのこれまでの思い込みが、徐々に解体されていった。

それと同時に、ぼくの中でビートがあふれてきた。第一部の後半からである。ぼくはそのビートに併せて身体をゆらしながら、進む演奏を聴き、演奏をしている人たちに見入る。他の聴衆はどうかしらないが、ぼくの中では、その「即興音楽」はぼくのビートをしっかりと踏まえながら、さまざまな方向に音が飛び火するように感じられた。端から見たら、のって聴いている。ように見えたことなのだろう。が、ぼくのなかでは、ぼくは根底的なビートを発しつつ、その場にいる。参加している。

そんな気持ちが演奏の終了まで続いた。

途中、灰野さんが、太鼓の皮を破るまでビートを叩いたり、そして、(これは今もぼくの頭のなかをうずまいているのだけれども・・)、ギターのネックを平手で打ちながら、ビートを刻んだりしていた。それが、ぼくの中のビートと心地よくシンクロし、共振する。そんな気持ちになっていた。

灰野さんの音楽は、ビートを破壊する方向であって・・というゆえなき先入観を抱いていたぼくにとって、その共振は、救いであった。

樋口さんの管楽器。ホースをトロンボーンの管につないで、吹く。そこから出てくる音。

トランペットに叫びがふきこまれて出てくるしわがれたような音とも声ともつかぬ音。

そして、ひとつひとつの声を生まれてはじめてしぼり出すような・・voice。

それらがぼくのなかでぼくのビートと共鳴する。偶然のようでいて、とても必然。

一つ一つの音。一つ一つの音のつながり。それをその場、タイミングで発する。

そんな至福の時間を、過ごすことができたのであった。

「楽器」と関わる時、そして、声を絞り出す時のinnocence。潔さというか、掛け値のなさというか、衒いのなさ。そのような樋口さんや灰野さんの在り方。

心に刻み、以って、鑑としたいと思った。

98.10.19 文責:中川一郎





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