立花隆「東大法学部卒は教養がない」をきっかけとして考えたこと

文芸春秋98年4月特別号に立花隆さんの「東大法学部卒は教養がない」という論文をトリガーとして、制度、道理、教養、生きることの根本的な何かについて考えを巡らせた。自分自身のなかで、この問題について確固たるものがない。したがって、何度も何度も戻ってくることになるだろう。

北米に留学していた知人が、アメリカ人の学友が語っていた言葉のなかで、非常に特徴的なものとして、faithという言葉を上げていました。これが、非常に気にかかるのである。事に当たるにあたって、絶対にやり遂げられるという信念。そういうことを意味している言葉だという。そのfaithという単語が、さまざまな挑戦という局面で何度も繰り返されたといい、印象的であったという。そして、その知人いわく、日本ではあまり耳にしない概念なのだということだ。

中吊りで、立花氏の「教養」という言葉を目にした時、その「教養」の源泉と、faithの源泉は同一のものであったり、同一でなくても相当濃い結びつきがあるのではないかと感じた。中川の場合、そのあたりがふわふわしていて、これが40を目前にして、惑うことばかり・・・。40にしてさらに惑うということになるのだろうとも予感される。

考えを巡らせてみると、教養といい、faithといい、その源泉をにないうるような重い、確固たるものがあるのであって、それが有史以来の人のそもそものあり方なのであって、自分の場合はそれを欠いているに違いないと感じ、ぼつぼつと模索をしているのである。

はっきりとした答、心底納得する答見出せないのですけれども、それはそもそも聖なる領域とか聖なるあり方とか空間とか時間なのだろう。

それで、卒業した学校といい、あるいは、一時期属していた政治党派といい、勤め先といい。そういうものは、そもそも俗なる仕組みであり、俗なる時間であり、俗なる秩序なのだろうと思う。本来の聖なるものに蓋をしてしまって、俗なる仕組みに聖なるものを見出す、自らの教養とかfaithの源泉を見出すということを無意識のうちに行ってしまったのかもしれない。

それも、今、根っこのところで、心がぐらぐらしていることの原因のひとつ なのだろう。

迷う、惑うと書いて、迷惑と言う言葉になるのだ。それで、自分はこれからも迷惑なままなのだろう。そもそも確固たる拠り所になるべきでない制度にゆだねるべきでないことを委ねる。そこにひずみ、歪みが生まれる源泉がある。

立花氏の論文の中で、興味深いポイントがあった。 帝国大学のカリキュラム等をつくる時に、「道理」(道徳、倫理等)はまったく含めないという考え方に立ったということなのだ。四書五経など、武家等で行われていた既存の教育の仕組みで、すでに道理、倫理等の教育は江戸時代に相当進んでいたので、明治以降に大学を作るときには、キャッチアップしなければならない実学を中心にして「道理」の部分は極力削ったという主旨であった。

大元の設計思想、帝国大学という仕組みの設計思想が、「道理」を含めないというものであったわけであり、仕組みの基本設計思想はその後にも影響を及ぼすものなのかもしれない。

その仕組みに「道理」を求めること自体が、求めうるという幻想をもってしまうことが大きな勘違いの原因だったのかと、今更ながら再確認できるようにも思う。

「道理」については、近代的な制度、近代的な組織、近代的な教育の仕組みの外で身につけるべく責任をもつべき、ということだが前提として設計されたのが、日本の官、公の教育であったのだ。

ところが、制度とか、組織とかいうものは、元の設計思想に関わらず、全能であるかのような幻想を作り上げるかもしれない。それが勘違いを生む。「東大法学部卒には教養がある」かもしれないとか、「東大」には教養を期待できるとか、全能であるべきであるとか。そういう勘違いだ。

  1. 「道理」も学校、大学でケアしてもらえると思っていたんです。
  2. 「道理」はそもそも、学校、大学でケアするものではありません。それも期待するものではありません。

この両者の間で「道理」が放り出されている。現状はそういうことなのかもしれない。

国の制度でつくられている大学、教育機関というものには、教会があるわけでもなく、御堂があるわけでもない。ああ、そうか、そもそも「道理」は国公立大学の外の領域であったのかと、はたと思い至ったのである。

自分個人の経験のなかで、チャペルのあるキャンパスに通ったのは、その昔、留学させてもらっていた米国の大学であったのだが、大学には通ったものの、チャペルには通わなかったので、「道理」を意識して学ぶことなくすごしてしまった。建学の精神として、道理と実学をともに達成しようという面もあったであろうに、すっ飛ばしてしまい、もったいないことをしたような気もしている。

「宗教と政治が分離している国」。「沈黙の艦隊」のなかで、海江田元首が日本を最初の同盟国とする理由としてこういうことを明示していた。なるほどと思う。分離しているわけであるから、政治、官公の仕組みでは「道理」が形成されないことを自覚し、「道理」の領域について意識的に補強していく必要があるのだろう。それは、各家庭なり、個人なりに委ねられている。そこを自覚しないと、ふわふわした大人が量産され、ふわふわしたままであり続けることだろう。

98.03.22 中川一郎





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