見えない月に支配された夜、東京の夜


近ごろ東京関係の情報誌の創刊が相次いでいる。それは、それで、景気の回復を暗示しているようなことかもしれないので、まあ、めでたい。

情報誌の創刊といえば、大体において夜景が特集されるのであるが、しかし、そのほとんどはレストランやらホテルとのタイアップ記事が中心であって、大人を「うん!」とうならさせるような本物の夜景が特集されることは滅多にない。

東京の夜景といえば、それは浜松町の世界貿易センタービルの夜景。それにつきると思う。

手前にオレンジ色にライトアップされた東京タワー。

かなたに、とどまるところを知らず増殖を続ける新宿の高層ビル街。

これに勝る夜景をこれまで私は観たことはない。

見えない月に支配された夜。東京の夜。

首都高速に霞ヶ関から乗って、四号線に向かう。

最初に見えてくるのは、右手に展開する赤坂あたりの高層ホテル。

すべての部屋の明りがともされている。これから始まる艶かしい時間を暗示する。

それとは対照的にオフィスビルの明りは点々としかともっていない。

忘れ去られたようなビルの窓の奥で、忘れ去られないようにと焦った男が明日が締切の書類づくりに没頭しているが、その書類のことも、あるいはその男のことも忘れ去られてしまうことだけは確か。

信濃町のあたり右手に人気のないしらじらとした総武線のホーム。

気を取り直して、正面を向けばそこには新宿の高層ビル街。

新宿の出口を越えて、初台料金所から幡ヶ谷に至るあたり。いつもここで胸騒ぎがしてしまう。

漢字で「世界」と書くのでもなく、アルファベットで、W,O,R,L,Dと書くのでもなく

カタカナで「ワールド」

左から読んでも、上から読んでも「ワールド」

エンジの背景に白抜きの文字で「ワールド」

「ワールド」、「ワールド」、「ワールド」

これでもか、これでもかと、まだまだだ、これでもかと。

私のこころはすっかり「ワールド」で満たされてしまう。

見えない月に支配された夜。東京の夜。

2000.1.3 中川一郎


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