靴が趣味たりえるか。2003.7
靴が趣味というのは、そうでない人からすると趣味として認めがたいかもしれないが、それはそれで十分に成り立つものである。趣味といっても収集癖に近い。でも切手集めなんかと比べれば、買い集めて眺めるだけではなく、外出時に履けるというかなり実用性の高い趣味である。

僕の履歴は、マンガやらアニメに飽きた後、趣味として筆記具や時計に走りそこそこ集めたが、そういうやや実用性のある収集趣味というのは「こんなに集めてどうする?着けられるのは1度に1つだけなのに」というありがちな壁にぶつかる。まだどこかで「実用のため、必要だから」という言い訳を備えているからだ。全然実用性のない趣味というものは、そういう段階を乗り越えてから買いに走るので、そのような葛藤はない。そういう、実用なんて考えず趣味に走って買い集め続けるのが収集道というものだが、所詮小人である僕には、時計は高すぎる。まともな時計というものは、というと普通は機械式高級時計ということになるが、最低10万円台からである。普通で20〜50万円程度出さないと、機械式時計が趣味ですとは言えない。それも1個買うと2個3個と買いたくなる、これが趣味である。趣味だから、少なくともTPOに合わせた使い分けくらいしないと、と数個必要になる、本当に必要なわけではないが。これではお金がいくらあっても足りない。でデジタルや数万円の安いアンティークに走るも、やはり前述の「こんなにあってどうする」という壁からは逃れられず、沈静化した。
次に僕は、実用性のある趣味として紳士服に走る。といってもコナカやアオキに行くわけではなく、落合正勝氏の一連の書籍の影響を受け、高級紳士服となるわけである。スーツは1着10万程度、バーゲンでも6〜7万である。スーツの他には、ネクタイとシャツと靴がいるわけだが、その中で一番重要なのは靴である。なぜか。靴は他のアイテムよりも長持ちする。10年くらいはあたりまえ。形も色も個性的で、難しくも奥が深く、だがデザインと全体のファッション、サイズと履き心地・実用性が合った時の素晴らしさは他の紳士服系アイテムを凌ぐ。靴がいちばん面白いのである。ただし、これも高級革靴に限った話であるが。


靴の値段。
高級革靴とはどのようなものか。具体的に言って、値段は3万から15万程度まで、上はもっとあるが、不思議な事に、スーツほど値段のばらつきはない。これは良心的と言えるかもしれない。誰も文句言わないような一流メーカーの定番靴でも、15万出せばたいていは買えてしまう。スーツに10万といってもそれほど驚きはないかもしれないが、靴に10万というと、普通は考えにくい。おそらく、日本は靴文化の底が浅いからであろう。靴を履き始めて100年も経ってない日本人の意識が、数百年前から、今とあまり変わらない靴を作って履いてきたヨーロッパ人に追いつかないのは当然である。

かつての僕も含めて、スーツに合わせる靴といったら黒いひも靴か、ヒモなしでちょいと飾りがついているようなので、合成皮革で底はゴムというものを思い浮かべるが、それは本来の靴ではない。本来の靴は本物の革で、底も革である。水には弱いし滑るが、そういう物なのである。それがわかると、前述のいわゆる「日本のビジネスシューズ」がいかに情けないニセモノであるかわかる。これは、スポーツカーに乗っているからカローラをバカにするのとは訳が違う、例えるならば洗うのが面倒だからといって茶碗や皿を使わず、全部使い捨ての紙コップや紙皿にするようなものである。日本のビジネスシューズは全部機械で作れるかもしれないが、本格革靴は職人の手が入る。100%とは言わないが、かなりの部分は人の手が作っている。それに材料も本物の牛の皮膚から取っているから、高くて当然である。

単純に趣味物だから値段が高くてもいいという事ではなく、まともな材料と技術で作ってあるまともな品だから高い。それでも数万である。これが、月1回程度の靴磨き等の適度なメンテナンスを行えば10年はもつ。あなたは10年前のビジネスシューズというものをまだ履きたいと思いますか?そんなものはほとんどゴミである。しかし本格革靴というものは、古くなっていくと逆に味が出てくる。色に深みが出てきて、傷ついてもカッコ悪くない、むしろ歴戦の跡は長く使われた道具の勲章である。これで数万だったら安い。考えてもみてください、あなたが、それほどうまいとは思わないような・もしくはつきあいで飲み食いして使うお金は、確かに生命維持には使われるかもしれないが、必ず必要以上に飲み食いしてすべて尿と便になって数日以内に自分の体外へ消える。もしくは、無駄な脂肪となって蓄積される。そういうものと比べて、なんと充実した数万だろうか。それを考えると、無性に、今まさに自分が靴に散財することが正しいような気になってくる。しかしここで当初の壁、「同時に履けるのは1足なのに、なんで何足も買うのか?」という問題にぶち当たる。でも、その実用性以上に欲しくなってしまうものなのだ。


男の靴。
本格革靴がいかに素晴らしいものなのか、少なくとも字面ではわかって頂けたと思う。でも女性はわからないかもしれない、というのは男と女では靴に対する姿勢が違うのである。女が何十年も同じ服や靴を着用してたらおかしい。基本的に女性は、靴は流行に合わせて買い、古くなったら捨てるのである。服もそう。女性のファッションというものは、そういう移ろいやすいものなのである。男は違う。男は、そういうテンポラリィな文化は軽薄と取る。男は、何年経っても変わらないのがカッコ良いのである。


どこで買うか。
本格革靴はどこで売ってるのか。当然、そこらへんの町の靴屋やイトーヨーカドーでは売ってない。地方のデパートでも、あまり売ってない。新宿なら伊勢丹やバーニーズニューヨークくらいでしか、まともには扱ってない。あとは青山と銀座の直営店やセレクトショップに赴く事になる。まぁ東京近郊に住んでるなら、青山に行けば間違いない。あのへんが、いちばん本格靴屋が多い。というのは、本格革靴は安靴(やすぐつ)と違いサイズが違うとえらい目に遭う。その見極めも難しい。ので、やはり専門店で買うのが望ましい。伊勢丹でも、素人店員に当たると間違った買い物をする可能性がある。当然、地方の店舗では売ってない。


フィッティング。
サイズ違いの恐怖。靴は、服よりももっとサイズにうるさい。サイズがぴったりあった靴は宝物だが、サイズが違うとその人にとっては何の価値もない。むしろ足拷問である。他人に譲るしかない。高いものなので、捨てることはできないな。
本格革靴は、安靴よりも硬い。柔らかい素材では、ヘタリも早い。10年もたせようとすると、やはりある程度しっかりした作りになる。柔らかい靴なら少々変形して足に合ってくれるが、本当の革靴にそういう妥協は少ない。いや確かに、ある程度変形して足に合うような作りにはなっているが、最初のサイズが違ってたらそういう事に期待できない。もし違ってたら、買った店や修理専門店で革を伸ばしたり中敷きを入れたりして少々対処してみる事は可能であるが、その時点で既に敗者復活戦である。そこで負けたら終了である、だから最初のフィッティングが重要なのである。
サイズが合ってても、最初は靴擦れしたりするが、まず1ヶ月くらい履けば足の形に合ってきて、快適になる。ならなければ、合ってなかったという事。どちらかというと、小さめの靴ならなんとか靴が足に合う事が可能だが、逆に大きめの靴が足に合ってくる事はない。中敷きや当てものをするという手はあるが。そして小さいと当然当たって苦痛。全体的なサイズが合ってても、靴の形が自分の足の形と合ってなければ、例えば外くるぶしに履き口が当たっているともちろん痛い。足の甲が締め付けられるともっとつらい。歩いていられない。形が合って、さらにサイズも合ってないとダメ。自分の足の皮がむけたり出血することも稀ではない。それが嫌なら、フィッティングはやはり専門店の店員でないと。それでも完璧ではないのだから。

靴は高い。特に日本では高い。靴メーカーはイギリス、イタリア、フランス、アメリカ、その他であるが、輸入した時点で税が60%付加されるとのことで、現地の1.5倍から2倍くらいする。前述のフィッティングを知らずして現地で話の通じない、もしくは靴を知らない店員から買うと、無駄金を使うことになる。通販も同様、完全にサイズを知っているメーカーのモデルなら良いかもしれないが、これは伝説に近いが、同じモデルの色違いを買ったらサイズが合わなかった、という事もある。手作りだから数mmの個体差があっても不思議はない。靴は履いてから買うもの。履いて買っても間違えるんだから、ろくに履かずに買うはセボンというよりドボン。因みに、試し履きは安靴の場合片足だけだが、革靴は両方履いてきっちりヒモ締めて店内歩き回る、下手すると10分以上店内を歩き回るくらいの執念を持ってサイズを絞り込んでもバチは当たらない。


大分類。
スーツを乱暴に分類するとモード系(デザイナーズブランド)とクラシック系、さらにはイギリス系とイタリア系に分けられる。靴も同様、やはりイギリスとイタリアの占める割合が大きい。靴でモード系というのはあまり意識しないが、スーツブランドの靴というと、有名本格靴メーカーに作らせて自分とこのブランド名を書いただけか、スーツに合わせてデザインした安靴系のいずれかが多い。言うまでもないが後者は相手しなくてよい。形と、ゴム底だったりするからすぐわかる。ともかく、初めはメーカーから入れば大きな間違いはない。知識が備わったら自由な選び方するもよし。

スーツも靴も、イギリス系はトラディショナルというか昔ながらのカチッとしたものが多く、イタリアはより華のあるデザインが多い。落合氏の主張をやや改変して理解するなら、イギリス・クラシック系は正しい服・靴、イタリア・モード系は美しい服・靴ということになるが、クラシコイタリアとモード系はまた全然方向性が違うため、今ひとつ正確な表現ではない。モード系というのはその時代に特化されたデザインであって、普遍のものではないが、クラシコ系というのは普遍である。少なくとも、それを目指している。今の日本では、紳士服はともかくイタリア系が良しとされる。もともと紳士服は30代以降が対象ゆえ、遊び人・おしゃれオヤジ、ブリオ・レオン読者というイメージか。靴はまたちょっと違い、イタリア系メーカーでも昔ながらのスタンダードなデザインのものを作る。靴は、スーツよりもずっとフレキシブルで、それが許される。


小分類。
靴の種類には、いろんな名称がある。形から分類するとひも靴かバックル付き(モンクストラップ)かローファー(スリッポン)、あとはブーツである。ひも靴では、外羽根式と内羽根式に分かれる。アッパー(甲の部分の革)の連続部分にひもの穴が開いているのが内羽根式、アッパーの外側に縫い合わせた革にひもの穴が開いているのが外羽根式という事になっているが、文字ではわかりにくいので参考文献参照。また、つま先に穴飾りがついてるとかついてないとか、縫い目があるとかないとかでいろいろ名前があり、それによってフォーマル度が変わる。外羽根より内羽根の方がフォーマルである。等決まり事があるが、日本ではそれほどうるさくない、というか黒いか黒くないかくらいしか誰も気にしないような世界である。そういうフォーマル度によって使い分けると言うが、日本ではむしろ気づかれないため、もっと自由でいいのではないか。自分の好きなデザインのを買えばいい。どれがフォーマルであるかはどの本でも書いてあるが、あえて言うなら、内羽根のストレートチップ(つま先に横一文字の縫い目がある)が最もフォーマルで、ローファーはフォーマルではない。黒はフォーマルだが、茶はフォーマルではない。ここでいうフォーマルとは、超お堅いイギリス人相手に何かしようという場合で、革靴履いてる時点でそれほどラフではないだろう。

色の道おしえます。
靴の色は黒か茶か、これは僕にはまだわからない。黒はあらゆるスーツに合うゴールデンスタンダードで、Gパンでも黒の革靴というのはある意味ストイックで良いと思うが、茶のバラエティと色の深みを知ってしまうと、お堅い黒よりも茶の方が美しく楽しいと思ってしまう。素材は、普通の革はカーフ(牛)だが、コードバンという馬の尻革もある。毛羽だったスエードは初めはとっつきにくいが、それはそれで使い方によっては面白いと思う。見た目ほど雨に弱くないという話もあるし、たいていはカーフより柔らかくて馴染みやすい、履き心地が良いが、反面長持ちしない。尚、スエードは茶が基本で、黒は稀である。


rubber Seoul
革靴の基本は底(ソール)も革だが、これには少々問題がある。とにかく滑る。本来、石畳や木の床を歩くには良かったのだが、現代の建物の樹脂の床、つるつるの石、それに雨だったりするとよほど注意しないと滑る。走るなんてとんでもない。これは仕事に差し支えるばかりか、転ぶ危険と常に隣り合わせである。室内が多い場合は、ラバーソールも視野に入れて考慮する必要がある。ただ、基本的にラバーソウルはカッコ悪いとされている。
ソールは使い捨てである。革靴は毎日履かないもので、1日履いたらシューツリーを入れて2〜3日休ませるものだが、それでも数年か、下手すると数ヶ月でソールがすり減ってしまう。そうしたら交換できる。特にグッドイヤー・ウェルト式という縫い方で作った靴は問題なく交換できる。マッケイ式という、それほどゴツくない作りでも、やはり交換できる。それとも、ソールの一部を金属やゴムに置換するという方法もある。それはあまりお金もかからないが、一種の改造なので純正好きには好まれないか。
ウェルト式でも3回くらい交換する頃には全体にヘタレてくると言うが、それほど使い込んでみたいものだ。


結語。
と、これだけ革靴の良さを語っておきながら、僕は普段、仕事中は靴を履かない。室内だからサンダルでも良いし、蒸すし、足がきっちりホールドされてるのは堅苦しい。せめて柔らかい靴でないと。また、長距離を歩く場合は運動靴の方が良い。硬いソールは膝に負担がくるし。という、決して簡単ではない革靴道だが、本物を知りたければどうぞ。ま、知らなくても全く困らず一生過ごせますが。



参考図書

「Gentleman Fashion-紳士へのガイド」ベルンハルト・レッツェル/クーネマン出版社
普通の日本の出版社じゃない?ドイツ語版の翻訳本。フルカラーで2000円と超・良心的な値段、だが書店では素直に取り寄せられなそう。ヨーロッパから見た世界標準の男の服装解説、それもヒゲのそり方から蝶ネクタイの結び方まで詳細。服の常識はこれで知ろう。

「最高級靴読本」世界文化社
Men's Ex特別編集。ムック。靴メーカーとその商品ラインのカラー写真付き紹介。これ見てアタリ付けてから靴屋に行ってはどうでしょう。

「男の服装術」落合正勝/はまの出版
スーツスタイル中心の基本解説本。ブランド名は一切出てない一般論。

「クラシコ・イタリア礼讃」
「男の服 こだわりの流儀」
「男の服装 お洒落の基本」
「男の服装 お洒落の定番」落合正勝/世界文化社

わりと具体的にブランド名まで書いてある解説本。フォーマルスタイル中心。わりと似たような内容だが、凝っているなら楽しめる。






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