万年筆について2004.4






現代、万年筆は必要か?
必要ない。ボールペンのページに書いたように、実用性ではボールペンが最高である。万年筆が実用品だった時代を知っているのは、おそらく昭和20年代生まれの世代あたりまでではないだろうか。万年筆が必要な状況は限られる。おそらく、手紙やら願書のような、個性を出すべき文書のみであろう。書類というような、字面よりも内容を問われるものではボールペンの方が良い。セーラー(*)という会社は、「願書で好印象!」というような宣伝文句で安物・使い捨て万年筆を売っていたが、単に万年筆で書いてあるというだけで好印象を持つ会社や、そういう安易な発想で好印象を持たれようとする応募者はどうも好かないな。

(*)セーラーはいろいろ手を出してるのか、安物DVD-Rも作っていた(る?)が、台湾メディアと同程度の低・信頼性と聞いている。やめてほしいものだ。


ではなぜ万年筆か?
ほとんど趣味の世界である。ボールペンのページでもわかるように、理性・理屈で万年筆不要はわかっていても、どうしても筆記具では最終的にたどり着いてしまうのである。 なぜならば、ボールペンはリフィル、シャープペンは芯で書いているだけで、実際にペンそのもので書いているのは万年筆だけである(ガラスペンとか”つけペン”は除く)。だからペンの個性・個体差が大きい、インクの選択枝が広い、カスタマイズや改造しやすい、といった男の趣味心をくすぐる要素が大きい。
ほとんど、といったのは唯一、万年筆は筆圧が少なくてスラスラヌルヌル書けるという実用面での利点がある。これだけは他の筆記具ではかなわない。この感触、この快感を知ってしまうとボールペンなんぞ、セルシオから軽自動車に乗り換えたようなもので、単なる業務用実用品でしかない、と思えてくるのである。


万年筆の苦楽
万年筆の楽、は上の如く天上の筆記具とも言うべき書き味である。他の筆記具では無理だから仕方ない。
でもそう簡単には、その感覚にはたどり着けないのである。普通にそこらへんのデパートで買ってくる。書く。あれ?試し書きでインク瓶に浸けて書いた時はヌラヌラだったのに、なんか硬い。下手すると、インクがかすれる。数千円の、ペン先が鉄の安物だったりするとさらに、ペン先が紙にひっかかったり、しばらく放置すると錆びてきたりする。 万年筆というのは、アタリが出てこないとすんなり書けないのである。アタリ、というのは書いているうちにペン先の角が取れてきて紙との接触部分が滑らかになることを言う。万年筆は、紙とペン先の金属とが接触・摩擦し、そこにインクが流れて書けるものなので、接触部は当然丸くないと摩擦で引っかかる。さらに、書いているうちに(よく1ヶ月と言われるが、不確かなものだ)自分の手の角度にちょうどいいように角が取れてくるのである。そうして自分専用の、自分が最も書きやすいペンが生まれるのである。そういう面白さもある。
しかし、そうもいかない事もある。その書きにくいペンでしばらく我慢できるか?僕は延々書いたけどかすれっぱなしで、結局メーカー修理で直ったことがある(ウォーターマン)。以前は一本一本チェックしてペン先を削って滑らかにしてから出荷していたメーカーもあったようだが、今はおそらく工場で作ってそのまま出荷だからまず全例書きにくい。しかも一部は修理しないとマトモに書けない。これは1本数万もするものでも同じである。
ではどうするかというと、そういうチェックをして必要により修正して売ってる店で買うか、自分用に削ってもらう。前者は神保町の金ペン堂、後者は大井町のフルハルターである。金ペン堂で買ったことないのでわからないけど、どうも店主である頑固オヤジのチェック済みということである。フルハルターは、試し書きを見てその人にあった削りをしてくれる。実際使ってみると、いきなり使いやすくて今までの苦労は何だという気になる。いずれの店も、そこで買えば定価よりも取られる事はないから良心的と思われる。ただ、フルハルターは取り扱うモデルは少なく、アウロラの一部とペリカンくらい、後は交渉・取り寄せらしい(削りのみの依頼も含め、詳しくは直接聞いてください)。 つまり、万年筆はそこらへんのデパートで買ったり、気軽にプレゼントするようなものではなく、専門店で自ら選ぶものなのである。


ペン先のこと
前述のように、数千円のモデルはペン先が鉄なので錆びる。ペン先はたわんで筆圧をコントロールするサスペンションでもあるので、鉄はその感触もあまり良くないかもしれない。金ペンはまず1万円以上するが、国産品の一部は数千円でも金ペンをおごっているモデルがあるので、お買い得である。
重要なのは太さで、漢字を書くなら細め、アルファベットなら太めとも言われるが、趣味ものならなるたけ太い方がいい。紙との接触部分が大きい方が、単位面積あたりの圧が小さいので摩擦抵抗が小さく、つまり軽くて書き味が良い。そして大量のインクを紙にぶちまけるという快感もある。
ペン先の太さは、一部の職人なら削って変える事ができる。ただし、太くするのは困難なので、迷ったら初めから太めを選ぶべし。
一般的に太い方が書き味は軽く良いが、さらにペン先の形や材質によりモデルごとに硬い柔らかい、がある。硬さは好みで選ぶ。柔らかければいいというものでもない。


インクのこと
そろそろ素人の知識というものの底の浅さがバレるのだが、インクにはカートリッジ式と吸引式がある。カートリッジ式は、まずペンのメーカーのものを使うから問題ない。青か黒かブルーブラックでしょう。ただ、オプションでコンバーターという、ポンプ付きカートリッジがあって、これを使うとここにインクを吸ってペンに差し込めば瓶のインクも使える。
吸引式は、ペン本体内にインクタンクがあって、ペンをインク瓶に浸けて吸い込む。こっちの方が万年筆らしくて良い気がする。やっぱり瓶に限る。 ところでインクの色は、大抵の人は青かブルーブラックでしょう。後者はいかにも万年筆という感じで、古くなっても味がある。黒じゃちょっと当たり前過ぎるか。でもいちばん安心して使えるのは、ロイヤルブルーなんだな。僕はペリカンしか知らないけど、他のメーカーでもあるみたい。というのは、インクには顔料系と染料系があって、前者は水に強いけど固まると溶けない。これは、ものすごくマメにメンテナンスするならいいけど、万年筆をちょっと放置して固まったらとても面倒な事になる。A rollig stone gathers no mossじゃないけど、万年筆はインクが流れてないと固まって書けなくなってしまうものなので、こういうインクは危険でしょう。それに対し染料系は水に溶けるから、固まっても水に浸けておけばまた使える。その中でもロイヤルブルーは溶けやすく、ペンにとって最も安全なのです。つまりは乾きにくく固まりにくいということで、特に太いペン先でインクをドボドボ使ってヌラヌラ気持ちよく書いてる時は、しばらく待たないと紙上のインクが付きやすい。しかも、乾いた後もちょっと汗ばんだ手で触っただけでにじむ。完璧なインクなんて無い。こういう時、油性ボールペンがいかに実用的に優れているかを実感してしまう。
吸引式はインクのメーカーを選ばない。ただ言われているのは、他社の万年筆でパーカーのインクは使わない方が良いということ。混合物がどうとか言う人もいるけど詳細は不明。


ペン本体のこと
本体と言っても大きさくらいしかわからないが、一般的に万年筆はボールペンより太い。もちろん同じシリーズでは同じだろうが。一つには、内部により多くのインクを格納するためでもあり、ボールペンより構造も複雑である。大きい方が偉そう、という雰囲気もあるが、抵抗したい。欧米人のでっかい手に丁度よいものは、日本人には大きすぎる。自分の手の大きさも考慮し、また頻繁に書く・しまうを繰り返す場合は、手返しの良いように小型のものが良い。


キャップのこと
キャップは回転式と引き抜き式がある。回転式は煩雑と思い嫌っていたが、メジャーなモデルはわりと回転式が多く、使ってみるとより伝統的な気がする。慣れるとそれほど差はない。所詮、書き出しはノック式ボールペンにはかなわない。尚、回転式ボールペンは、キャップのある万年筆と大差ないと思う。
キャップレス万年筆というのもある。実用性に乏しい万年筆のせめてもの反撃として、便利なら使ってみたい。



メンテナンスのこと
ボールペンその他のペンは使わなければ放置だが、万年筆はそうすると中のインクが固まってしまい、使えなくなる。復活には手間が必要。基本的にある程度使っていればインクが流れるので固まる事はないが、マメな人は月1回は洗浄するという。
洗浄というのは、吸引式ならそのまま、カートリッジ式ならペン先を含んだ柄の前方を外し、コンバータを付け、水を吸う・出すをインクの色が出なくなるまで繰り返す。インクが固まってるようだったら、ペン先部分をしばらく水に浸してからやる。終わったら乾燥させて保管する。
これでもだめなら修理。大きな文房具店では、たまに(多くて年1回程度か)「万年筆クリニック」といったイベントをやっていて、この世界では結構名の知れた職人がやってきてタダで修理してくれたりもする。ペン先調整(削り・曲げ)もやってくれる。超音波洗浄器(よく眼鏡屋の前に置いてあるの、みたいなやつ)で洗ってもらうと、固まったインクもずいぶんキレイになりそうだ。いろいろ話も聞けていい。即売会もやってたりする。



参考図書

4本のヘミングウェイ 実録・万年筆物語  古山浩一/グリーンアロー出版社
万年筆界の大物の話(伝説)をまとめた本。万年筆マニアは全員読んでると思われ。




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