邪馬台国はどこなのか?
邪馬台国はどこにあったのか?邪馬台国位置論の歴史は古く、すでに江戸時代、儒学者であり洋学の先駆者でもあった新井白石が初めて”九州説”を唱えたのに端を発する。それまでは「日本書記」の神功記にある奈良時代の注記に魏志倭人伝を引用、邪馬台国とは大和朝廷であり、卑弥呼は神功皇后であるとしていた。
今までこの位置論は江戸時代、昭和10年代、現代と何度か大きく論争が繰り返されています
その候補地は60とか100以上もあるそうです
本などにより調べた代表的なものは次のようなもので、九州説、近畿説が2分して大半ですが、東南アジア、エジプトまでもあるそうです
(リストアップ中)
| 地域 | 場所 | 比定者 |
| 九州 | 筑後山門 | 新井白石 |
| 九州南部 | 本居宣長 | |
| 有明沿岸(島原) | 宮崎康平(工事中) | |
| 博多 | 古田武彦 | |
| 宇佐 | 高木彬光 | |
| 福岡県甘木市 | 安本美典 | |
| 邦光史郎 | ||
| 豊前宇佐 | 富来隆 | |
| その他九州説 | ||
| 近畿 | 内藤虎次郎 | |
| その他 |