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「本格ミステリ冬の時代」はあったのか

その1

森下祐行


   ■以下の文中では、すべて敬称を略させていただいております。

その1 その2 その3


かつての“本格ミステリ冬の時代”が嘘だったかのように、このジャンルはかつてないほどの活況を呈しています。

 これは鮎川哲也の『人それを情死と呼ぶ』(光文社文庫)の巻末につけられた「街角のイリュージョン」という芦辺拓のエッセイにある文章です。芦辺拓はさらにこう続けます。

実際、今となっては非常に奇異な感じがし、説明もしにくいのは、そうした状況が時代の淘汰にあったとか、もっと端的に商業的にペイしないとかいう理由とは無関係なところからもたらされたということです。さて何にたとえればいいのか、かつての社会主義国で市場経済を語ることが“進歩”にそむくナンセンスであると考えられたのにも似て、それは問答無用のタブーといっていいぐらいでした。

 知らない若い読者がこれを読んだら、「いやあ、本格ミステリ好きの僕たちは、こんな時代に生れなくてよかった」と思うことでしょう。実際、そういう文章をネットのなかで見かけることはめずらしくありません。

 でも、それは間違っています。間違っているといってまずければ、ある一方的な物の見方です。その歴史観が一方的というのを、さて何にたとえればいいのか。かつて江戸時代は封建主義の暗黒社会で、明治になって民衆はやっと解放された、という歴史観が一方的なものの見方で、実は江戸時代の庶民は(ある枠の中では)今以上に自由だった、というのに似ているでしょうか? 少なくとも、江戸時代とは言え、侍が町民を問答無用に切り捨ててておとがめなし、ということはありませんでした。「本格ミステリを書いちゃいかん」という、問答無用のタブーなぞ、どんな時代にもありませんでしたし、実際、どんな時代にも本格ミステリは書かれ続けていました。

 「本格ミステリ冬の時代」はなかった。それを検証していこうというのが、この文章の目的です。

 最初に、先程の芦辺拓のエッセイに反論しましょう。

 「街角のイリュージョン」のなかで、芦辺拓はそういう「本格ミステリ冬の時代」の例証として、次のように述べます。

 そのあたりの時代の空気は、当時新しい世代に圧倒的に支持された横溝正史氏の「やっぱり、今書く人は、(松本)清張君の洗礼をね、受けていなければいけないと思うの」(「別冊・幻影城」'77年11月号での栗本薫氏との対談より)というひどく遠慮がちな発言にも表れていますし、ある高名な作家はいわゆる新本格の時代が訪れたあとも、こう発言しています――「新しいか、古いかを考えずに、好きなタイプの推理小説を書くには、どうすればいいか。推理作家にならなければいい」と。現実にはその覚悟は“古い”と断じられた本格ミステリを指向するそのころの若者たちによって必須なものでした。

 わたしは横溝正史と栗本薫の対談をリアルタイムで読んでいますが、横溝正史が遠慮がちに発言しているとは感じませんでした。だって、やっぱり、今書く人は、松本清張の洗礼を受けていなければいけないでしょう。それは「社会派」を書けということではありません。

 芦辺拓が引用したのは、栗本薫が「最近の若い人の中には先生(横溝正史)の世界の延長のようなものを書きたい、という人がいると思う」という発言に対しての答えです。横溝正史の発言は、そのあと、こう続きます。

同じそういうものを書きたいなら書きたいでね、同じロマンを書くにしても、リアリズムの手法をマスターしてからなら、また違ったものになって来るでしょう。やっぱり、清張以後よね。森村(誠一)君なんかはそのへんをわきまえているでしょう。清張以後のロマンの書き方だね、あれは。

 そして、栗本薫の森村誠一を高く評価するか、という質問に、している、と答えています。

 ミステリを含め、あらゆる文芸は、過去の作品の上に成り立っています。特に本格ミステリのような極めて技巧的な小説は、伝統を無視しては何も進歩しません。清張以後、ミステリは大きく変わりました。それを無視することなく、清張以後の本格ミステリは、清張の洗礼を受けた上で、それを乗り越える作品を書かなくては行けない。つまり、リアリティをなおざりにせずに、狭い枠の中だけで満足することなく、広い視野にたって本格ミステリを書いていかなくてはいけない、と横溝正史は言いたかったのでしょう。さすがヨコセイ、いいことをいうと感心したものです。

 ひるがえって考えてみると、横溝正史は自らそれを実践してきた人です。ディクスン・カーに触発されて『本陣殺人事件』を書いたとき、カーのオカルティズムをそのままもってくるのではなく、「岡山県に疎開したので、つぶさに因襲的な農村の生活を見究める機会に恵まれた。その封建性を根強く残している農村の精神的風土をさぐることによって、リアリティーと伝奇性で論理の骨格を包むことに成功したのである。」(中島河太郎『推理小説事典』)横溝正史は安易に黄金時代のミステリを模倣するのではなく、当時の現実から探偵小説的な発想をふくらましたのです。そういう横溝正史が若い作家に「清張の洗礼を受けていないと駄目だよ」というのは、本心からのアドヴァイスでしょう。少しも遠慮していません。

 つぎの高名な作家(たぶん都筑道夫だと思いますが)の台詞は、プロの作家なら当然の発言じゃないでしょうか? 好きなタイプの作品だけ書いていいのは、素人だけです。つねにその時代を切り取った「新しいもの」を提示していくのが、プロの作家に課せられた使命でしょう。そういう覚悟は、本格ミステリを指向しようが、ハードボイルドを指向しようが、はたまたエロ小説を指向しようが、まともな作家なら当然しなくてはいけない覚悟です。これがなぜ「本格ミステリ冬の時代」の例証になるのか、理解に苦しみます。

 芦辺拓は件のエッセイで、このあと、最近の本格ミステリの傾向に触れ、バーチャルな舞台設定を用いたものと“日常の謎”派の二つの流れがあるとした上で、両者の中道はないのか、となげかけます。「われわれが暮らす、この逃れようもない現実――すくなくともそこと地続きの世界で、非日常にして特異な謎が展開され、解決される。そうした、言わば街角の一場のイリュージョンを見ることはできないものだろうか、と。」そして、鮎川哲也の作品が、それを体現したものであるとしています。

 この部分は、わたしも同感です。鮎川哲也の作品は、まさにそういう作品でした。そして、ここからが問題なのですが、実は“社会派推理小説の時代”といわれた昭和30年代に、多くの心ある推理作家が書こうとしていたのは、まさにこういう「現実と地続きの世界で、非日常にして特異な謎が展開され、解決される」物語なのです。鮎川哲也だけがそうであったわけではありません。“社会派推理小説”の創始者と言われる松本清張の作品も、そういう作品です。すべてではないですが、初期の数作はまぎれもなく、“街角のイリュージョン”を垣間見せてくれる作品です。そこには館も孤島も雪の山荘もでてきません。でも、我々が暮らすこの日常といわれる世界にも、さまざまな謎と陥穽が満ちている。そう気づかせてくれる作品を数多く書いています。

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